人間とあやかしが共存している日本。昔、あやかしと人間は対立しており戦を何度も繰り返していた。だが、それはあるあやかしと人間の男により終戦した。その際、双方で交わされた親交条約。
 あやかしは人ならざぬ者が持つ能力を用いて人を守る、人間とも仲良くするそんな内容が交わされた。それにより、あやかしは政治や経済などに進出していった。
 だが、ある日一つの間違いが起こる。それは人とあやかしが愛し合い子供が生まれてしまい、軽蔑され罵られた家族は心中してしまう。そんな事件を受け、政府は『あやかしと人間は男女関係及び、婚姻関係になってはならない』と掟を作った。


 ***


「咲良ちゃん、そろそろ紅茶淹れてもらっていいかな?」
「はーい、わかりました!」
 猫羽(ねこは)咲良(さくら)は、店長に言われて二つのポットを用意すると抽出用ポットにお湯を注ぎポットを温め始めた。その間に紅茶の茶葉を準備して温まったポットのお湯を捨ててそこに茶葉を入れて新たにお湯を注ぎ三分蒸らすと、ポットの中を見て茶葉が上にいったり下にいったりして踊っているようになれば上手に抽出されている証拠。
「よし……」
 抽出している間にサーブ用ポットに先ほどと同じ感じでお湯を入れて温めて、抽出が終わった紅茶を抽出用ポットは揺らさずに最後の一滴が出終わるまでサーブ用に注いでティーポットに淹れた。
「お待たせいたしました、紅茶です」
「ありがとう、猫ちゃん」
「いえ、ごゆっくりお過ごしください」
 咲良は微笑みお辞儀をしてカウンターに戻る。すると「咲良ちゃん、ありがとうね!」と先ほどさっき指示を出してきた同じ従業員の方に言われた。
「いえ、私は仕事をしただけです」
「謙遜しないでいいのに〜今日は、あやかしの方が多いんだよね」
「確かにそうですね」
 ここ、カフェ食堂【和伊菜(わいさい)】は人間だけではなくあやかし――人ならざぬ者も客としてやってくる。もちろん、従業員も人間とあやかし両方ともいる。咲良自身もあやかしの一人である。
「咲良ちゃん、もうすぐカレーのおじいちゃんがくる頃だよ。準備しなきゃ」
「そうですね!」
 もうすぐ十一時、今から個性的な常連さんがやってくるのを覚悟して咲良はカウンターへ向かった。
 現代日本では、あやかしと人間が共存している。昔、人間とあやかしは敵対し争い互いに犠牲を出す。それを何度も何度も繰り返していたのだ。たくさんの者が命を落とし、疲弊し、食べ物が無く餓死していく者もいた。そんな時に立ち上がったのが、人間界とあやかし界それぞれで権力がある男だ。その二人の男たちによって争いは終息し、終わりと共に双方の親交条約が結ばれ共存するようになった。それが今でも続いている。
「あのー注文いいですかー?」
「はーい、ただいま!」
 昼近くなったこの店は大繁盛。それは、地域密着型のカフェだからと言うわけではなくここが職業訓練校の近くにあるからだ。
「日替わりちょうだい」
「はい!」
「うどんのセットほしいんだけど」
「はい、かしこまりました!」
 あっち行ったりこっち行ったり、厨房に入ったりしながらも注文を受け料理を運び片付けをしてお客さんがいなくなった頃にはもう十四時を回っている。
 落ち着いたな、と思った時お店のベルが鳴り響きやってきたのはまたまた常連さんだった。
「いらっしゃいませ、何にしましょう?」
「……じゃあ、オムライスを」
 綺麗な顔立ちなのに厳つい雰囲気が勿体無いなぁと思ってしまうこの常連さんは午後の授業が始まるタイミングでやってくる職業訓練所の先生だ。職業訓練所は働くための資格取得やスキルを身につける学校。そしてコースは七個あり、I T関連や事務・営業・販売、介護や医療などの福祉関連、電気関連、建築、機械、調理といったものだ。卒業後には求人のサポートをしてくれて自分に合った就職先を一緒に探してくれるとてもいい学校である。
 実は咲良もそこの卒業生。調理コースで学び実習できたこの食堂でそのままお世話になることになった。学校で学んだことは今でも生かされている。さっきの紅茶は学校で学んだ得意の一つで自分の中では役に立っているとは思う。
「お待たせいたしました、オムライスです。ご注文は以上でよろしいですか?」
「あぁ、ありがとう」
 厳ついが、いつも最後にはお礼を言ってくれる。私の趣味はお客さんを観察することだったりするので、彼が一番面白かったりする。頼むメニューはいつも可愛らしくまるでお子様ランチのようだ。今日はオムライスだし昨日はハンバーグ、一昨日はエビフライだった。それに美味しそうにもぐもぐして咀嚼しているところも可愛い。
「……会計いいですか?」
「はい。九百九十円です」
 彼はスマホを取り出し、電子マネーでバーコードを取り込むとスマホから『支払いありがとうございます』と可愛い声でアナウンスが響いた。
「ありがとうございました、こちらレシートになります」
「ごちそうさま、今日も美味しかった」
 ぶっきら棒だが優しい言葉にキュンとする。普通に言われる言葉だけど、あの無愛想でミステリアスの方に言われると胸がときめくのだ。
 今日も無事にお昼の営業が終わり、休憩に入った。


「ただいまー」
「おかえり、咲良ちゃん」
 仕事が終わり帰宅すると明るく迎えてくれたのは咲良の母である(えみ)だ。
「お仕事お疲れさま」
「ありがとう、お父さんは? まだ帰ってないの?」
「うん、春だから忙しいのよ」
 咲良は自分の部屋に行くと、着ていた服から部屋着に変えると母がいるであろう台所に向かった。
「お母さん、手伝うことある?」
「ううん、大丈夫よ。咲良ちゃんはゆっくりしていて」
 そう言われてリビングでテレビを見ていると咲良の父である伊吹(いぶき)が帰ってきて家族で食卓を囲んだ。
「咲良、仕事はどうだ? 楽しいか?」
「うん! 楽しいよ、職場の人もいい人だし」
「そうか。良かったな、これからも頑張りなさい」
 伊吹は昔から緘黙な人だった。だけど、娘の咲良を溺愛しておりたくさん甘やかしていた。職業訓練校に入ったのも伊吹の勧めがあった。それは卒業してからどんなところでも働けるようにと親心だったのだ。卒業後は、あやかしの町で立派に働くだろうと思っていたらしい。だから当初、伊吹は人間の町で働くことに反対していて何度も説得した結果。伊吹が折れた。今では咲良を応援してくれており、咲良はとても心強く思っている。
 こうして、いつものように過ぎて行く時間に私は今日も幸せだなって感じた。





 ◇◇◇

 定時の鐘が鳴り、みんなが一斉に帰っていく中俺は書類の確認をする。
「よし……これでいいかな」
 書類の束をトントンと整頓しクリップで止めファイリングした。
「じゃあ、お疲れ様でした」
「はーいお疲れ〜」
 朋希(ともき)は、職場を出ると急いでとある場所に向かう。そこには【中央保育園(ちゅうおうほいくえん)】と看板があり門の前までくるとインターホンを押した。
「狐柄です、迎えにきました」
 マイクに向かってそう言うと『セナくんのお父さんですね、どうぞ中に』と聞こえて門が開いた。
「パパ〜!」
「おぉ、星那〜」
 敷地内に入るなり、星那は俺に抱きついてくる。すると後ろから保育士さんが駆け寄ってきて「早いなぁ」と呟く。
「狐柄さん、お仕事お疲れ様です今日も星那くん元気でしたよ」
「今日もありがとうございました」
「いえ〜じゃあ、星那くんバイバイ」
 保育士さんに見送られ、帰り道。いつも寄るスーパーに入る。
「パパ、今日はハンバーグがいい!」
「ハンバーグか、いいな」
 狐柄(こづか)朋希(ともき)は狐のあやかしだ。前はエンジニアとして働いていた朋希だったが、五年目になった時に星那が生まれてすぐに妻が亡くなった。妻が亡くなり不規則なエンジニアの仕事は子育てしながらは無理な話だった。
 だが、たまたま見つけた求人で募集していた職業訓練校で講師の仕事をしている。
 そして星那(せな)は、朋希と亡き妻の間に生まれた子供だ。五歳の星那は、可愛くて仕方ない。スーパーでハンバーグの材料を購入すると、星那と手を繋ぎながら童謡を歌いながら家に帰宅した。
 手洗いとうがいを星那と一緒にして、キッチンに入るとエプロンをつける。
「パパ、僕テレビ見てていい?」
「いいよ」
 星那は、テレビをつけると教育番組を見始めた。これは、朋希も幼い頃見たことのある伝統のある番組だ。番組のお姉ちゃんお兄ちゃんがいて歌を歌ったり体操をしたりする内容でご飯までの間見ててくれると助かる神番組だ。
 スーパーの袋からもう形成されているハンバーグを一度冷蔵庫に入れて、じゃがいもを一口サイズに切って人参は輪切りをしてからお花の型で型取りしていく。鍋に水を入れて火をつけると沸騰するまで待った。人参をまず湯掻き柔らかくなってから器へと湯の中から取り出した。めんどくさいのでじゃがいももその鍋で茹でる。
 その後、ハンバーグを焼く用のフライパンを取り出して油をひき冷たいままハンバーグを入れて少しの水を入れて蓋をし中火にかけた。
「えっと……タレの作り方は……」
 ケチャップとオイスターソース、砂糖を入れて混ぜて火にかける。タレが完成すると全てをお皿に盛り付けてテーブルに並べると夕食が完成した。
「星那ー! ご飯できたからおいで」
「うん!」
 星那はテレビを消すとこちらに来て椅子に座った。
「じゃあ、手を合わせていただきます!」
「いただきまーす!」
 星那は元気よくそう言うとすぐハンバーグにフォークを刺してかぶりついた。
「おいしい!」
「それはよかった。ゆっくりよく噛んで食べるんだよ?」
 美味しそうに頬張る星那を見ていると一日の疲れが吹っ飛んでいく。幸せそうに食べる表情は、死んでしまった妻にとても似ている。
 亡き妻が、命懸けで産んでくれた可愛い可愛い我が子。幸せな顔をしてくれるなら、朋希は今の仕事も頑張れるのだ。