「おう、おはよう、紗良」

 マンションのエントランスから出たところで突然声をかけられ、紗良はぎょっとした。慌てて声の発生源を求め、きょろきょろと周囲を見回す。すると、ちょうど近くの植え込み付近に見覚えのある人物が——いや、あやかしがしゃがみ込んでいた。

「コ、コハク……?」
「おう」

 ぴょんと跳ねるようにして立ち上がると、コハクは片手をあげて紗良に近づいた。その姿をよくよく見れば、銀髪に金の瞳の美形なのは変わらないが、頭についていた狐の耳が綺麗さっぱり消え失せている。
 驚いてまじまじと見つめると、彼はその視線に気付いて「ああ」と頭に手をやった。

「さすがに昼日中、耳を出してうろついていては目立つからな」
「……いや、狐の耳なんてなくても充分目立つでしょうよ……」

 現に、今も目の前の道を通る歩行者が、ちらちらとコハクに視線を向けている。髪や目の色もそうだが、とにかくその容貌が整いすぎていて目立ってしまうのだ。
 だが、彼は紗良の言葉にきょとんとして、首を傾げた。

「まだどこかおかしなところがあるか?」
「美形過ぎるのよ」

 そう言いながら、紗良は鞄のポケットからスマホを取り出すと、時間を確認して「やばい」と呟いた。こんなところで妙なあやかしとお喋りしているような時間は無いのだ。

「ごめん、私急ぐから……」
「ああ、学校とやらだな。遅刻してはならんのだろう? さ、早く行こう」
「え、え? ついてくるつもり?」

 紗良の言葉に、コハクは当然のような顔をして頷いた。だが当然ここでお別れするつもりだった紗良は困惑しきりだ。意味も無く周囲を見回せば、通行人の中にはちらほらと紗良と同じ学校の生徒も混じっている。
 ここで押し問答になって、目立つのは避けたい。いや、彼がいる時点でもうどうしようもない気もするが——。
 紗良は一つため息をつくと、少しだけ急ぎ足で学校に向かって歩き出した。



「ちょっとぉ、紗良ったら、アレなに、なんなの?」
「私達に黙ってあんな美形、どこでつかまえたわけ?」

 朝は時間がギリギリだったために助かったが、やはり見逃しては貰えなかったか——と、紗良は小さくため息をついた。
 場所は学校の中庭、三人が定位置にしている昼食場所だ。今は昼休みで、こうして弁当を広げている。時間の無かった紗良はおにぎりだけだ。
 敷物を敷いて、正面に座っているのが田崎花音。名前はかわいらしいのだが、どちらかというと男勝りな陸上部のホープだ。
 その右に座っているのは、曽我実琴。ロングヘアをポニーテールに結った、きりりとした美人で、剣道部に所属している。
 二人とも高校に入ってからの友人で、同じクラス。出席番号が近かったため、よく喋るようになって意気投合したのである。
 その二人に詰め寄られ、紗良は引きつった笑いを漏らした。
(こうなるから嫌だったんだけどなぁ……)
 はぐっとおにぎりに齧りつきながら、紗良は必死になってどう説明しようかと頭を悩ませた。