目の前で、青年はがつがつとご飯をかきこんでいる。あっという間に消えていくおかず、突き出される茶碗に「おかわり」の声。
一体、どうしてこうなっているのだろう。
しゃもじを持ってご飯をよそいながら、紗良は「ううん」と小さな唸り声を上げた。
あの時、地面に降ろしてもらいほっと息をついた紗良は当然のことながら事情を知っていそうな青年に「アレは何なのか」と尋ねた。
おちがみ、とか言っていたが、それが何なのか理解できなかったからだ。
だが、そんな紗良に返答をしたのは、彼の「ぎゅるるるる〜〜〜〜」という派手なお腹の音だった。
「……お腹、空いてるの?」
「力を使うと、腹が減るんだ……」
紗良が問うと、彼は頭の上の耳をぺしゃりと伏せ、情けなさそうにそう答えた。力、というのはまず間違いなく、紗良を助けてくれた時に不思議な現象を起こしていたアレだろう。
つまり、彼が腹を空かせている理由に、紗良は無関係ではないと言うことになる。少しだけ迷ったが、再び「ぎゅるる」と彼の腹が鳴ると、さすがに気が咎める。
近くにファミレスでもあればそちらに、と思わなくもないが——紗良は彼の頭に生えた一対の獣耳を見て、大きなため息をついた。
これはもう、仕方が無いだろう。
「……うち、来る? 話も聞きたいし、簡単なもので良いなら、ご飯くらい用意できるよ」
「い、いいのか?」
言葉は遠慮しているように聞こえるが、その目はらんらんと輝いて期待に満ちあふれている。冷蔵庫の中身を思い出しながら、紗良はこくりと頷いた。
——というわけで、イマココ。
山盛りにしたご飯を手渡すと、青年は目を輝かせて食事を再開した。見ているだけでお腹がいっぱいになりそうな食べっぷりだ。
しかし、その速度に気を取られがちだが、箸の使い方も所作も美しく、美形効果も相まってなんだか品良くすら見える。
(美形って得だな……)
ぼんやり見つめていると、彼は照れたように微笑んだ。
「そんなに見ていられると、食いづらい、紗良」
「あ、ああ……ごめ……ん?」
何かが引っかかる。だが、紗良はその違和感の原因に気付けず、ひたすら彼が食事を終えるのを待ち続けていた。
「ふい……いや、食った食った……ごちそうさま、紗良。料理、上手なんだな」
「おそまつさまでした……あ、あれ?」
食事を終えた青年は、満足そうに腹をさすり、にこにこしながらそう言った。
あまりにも自然すぎて気付いていなかったが、青年は先ほどから紗良の名前を口にしている。遅まきながらそれに気付いて、紗良は首を傾げた。
「え、私の名前……なんで知っているの?」
「なんだ、まだ思い出せないのか?」
思わず紗良が問うと、青年はにやりと笑って机に寄りかかり、頬杖をついた。そうして、自分の耳をちょいちょいと引っ張ってみせる。
「この耳、見覚えあるだろう? ほら、俺だよ……コハクだよ」
「コハク……?」
コハク、というのがどうやら青年の名前らしい。しかし、どうやら自分と知り合いだと主張したいらしいコハクの言葉に、紗良ははて、と更に首を傾げた。
さすがにこんな美形、見たことがあれば覚えているはずだが……。
「あの頃は子狐だったからな……さすがにわからないか」
「こ、子狐……? あなた、狐なの……?」
「ああ、そうだ。白狐といえば有名だろう」
コハクはそう言うと、金色の瞳を細めて腕組みし、どやっとばかりに胸を張った。だが、紗良は全く心当たりを思い出せず、ううんと唸り声を上げた。
「思い出せないのか」
「う、うん……申し訳ないけど……」
「だが、白狐はわかるだろう?」
「え……うん、まあ……日本の妖怪だよね」
紗良が答えると、コハクは「ああ」と頷いた。
「まあ、俺たちは『あやかし』と自分たちを呼んでいるがな」
「あやかし……」
呼び方の問題だが、当人(?)たちがそう言うのなら、そう呼ぶのが正しいのだろう。紗良が呟くと、コハクは満足そうに頷いた。
一体、どうしてこうなっているのだろう。
しゃもじを持ってご飯をよそいながら、紗良は「ううん」と小さな唸り声を上げた。
あの時、地面に降ろしてもらいほっと息をついた紗良は当然のことながら事情を知っていそうな青年に「アレは何なのか」と尋ねた。
おちがみ、とか言っていたが、それが何なのか理解できなかったからだ。
だが、そんな紗良に返答をしたのは、彼の「ぎゅるるるる〜〜〜〜」という派手なお腹の音だった。
「……お腹、空いてるの?」
「力を使うと、腹が減るんだ……」
紗良が問うと、彼は頭の上の耳をぺしゃりと伏せ、情けなさそうにそう答えた。力、というのはまず間違いなく、紗良を助けてくれた時に不思議な現象を起こしていたアレだろう。
つまり、彼が腹を空かせている理由に、紗良は無関係ではないと言うことになる。少しだけ迷ったが、再び「ぎゅるる」と彼の腹が鳴ると、さすがに気が咎める。
近くにファミレスでもあればそちらに、と思わなくもないが——紗良は彼の頭に生えた一対の獣耳を見て、大きなため息をついた。
これはもう、仕方が無いだろう。
「……うち、来る? 話も聞きたいし、簡単なもので良いなら、ご飯くらい用意できるよ」
「い、いいのか?」
言葉は遠慮しているように聞こえるが、その目はらんらんと輝いて期待に満ちあふれている。冷蔵庫の中身を思い出しながら、紗良はこくりと頷いた。
——というわけで、イマココ。
山盛りにしたご飯を手渡すと、青年は目を輝かせて食事を再開した。見ているだけでお腹がいっぱいになりそうな食べっぷりだ。
しかし、その速度に気を取られがちだが、箸の使い方も所作も美しく、美形効果も相まってなんだか品良くすら見える。
(美形って得だな……)
ぼんやり見つめていると、彼は照れたように微笑んだ。
「そんなに見ていられると、食いづらい、紗良」
「あ、ああ……ごめ……ん?」
何かが引っかかる。だが、紗良はその違和感の原因に気付けず、ひたすら彼が食事を終えるのを待ち続けていた。
「ふい……いや、食った食った……ごちそうさま、紗良。料理、上手なんだな」
「おそまつさまでした……あ、あれ?」
食事を終えた青年は、満足そうに腹をさすり、にこにこしながらそう言った。
あまりにも自然すぎて気付いていなかったが、青年は先ほどから紗良の名前を口にしている。遅まきながらそれに気付いて、紗良は首を傾げた。
「え、私の名前……なんで知っているの?」
「なんだ、まだ思い出せないのか?」
思わず紗良が問うと、青年はにやりと笑って机に寄りかかり、頬杖をついた。そうして、自分の耳をちょいちょいと引っ張ってみせる。
「この耳、見覚えあるだろう? ほら、俺だよ……コハクだよ」
「コハク……?」
コハク、というのがどうやら青年の名前らしい。しかし、どうやら自分と知り合いだと主張したいらしいコハクの言葉に、紗良ははて、と更に首を傾げた。
さすがにこんな美形、見たことがあれば覚えているはずだが……。
「あの頃は子狐だったからな……さすがにわからないか」
「こ、子狐……? あなた、狐なの……?」
「ああ、そうだ。白狐といえば有名だろう」
コハクはそう言うと、金色の瞳を細めて腕組みし、どやっとばかりに胸を張った。だが、紗良は全く心当たりを思い出せず、ううんと唸り声を上げた。
「思い出せないのか」
「う、うん……申し訳ないけど……」
「だが、白狐はわかるだろう?」
「え……うん、まあ……日本の妖怪だよね」
紗良が答えると、コハクは「ああ」と頷いた。
「まあ、俺たちは『あやかし』と自分たちを呼んでいるがな」
「あやかし……」
呼び方の問題だが、当人(?)たちがそう言うのなら、そう呼ぶのが正しいのだろう。紗良が呟くと、コハクは満足そうに頷いた。