紗良は鞄を抱え、薄暗い夕暮れの道を一人歩いていた。市街地とはいえ、この辺りは小学生が帰宅時間を迎えると途端に人通りが少なくなってしまう。

「遅くなっちゃったな……」

 ぶるりと身体を震わせて、紗良は小さな声でそう呟く。
 先生に頼まれものをしたのが日直である紗良一人だったため、友人達は先に帰ってしまった。誰か一人くらい残っていて貰えば、心細さは解消されたと思うのだけれど……。
 そこまで考えてから、紗良はふと「自分はどうしてこんなに不安になっているのだろう」と考えた。
 確かに、黄昏時の空は紫とオレンジが入り交じり、なんだか不思議な色合いを醸し出している。見ていると、吸い込まれそうな、そんな色だ。だが、だからといって本当に吸い込まれたりするわけはない。
 太陽は沈む途中ではあるが姿がある。従って、薄暗くはあるが視界が悪いと言うこともない。
 それなのに、なんだか——嫌な感じがする。思わず立ち止まった瞬間、くらりと立ちくらみのような感覚がした。あ、と小さな声が唇から零れ、地面がぐにゃりと歪む。

「きゃ……っ」

 なんとか足を踏ん張って、紗良はぎゅっと目を閉じた。転倒することだけは回避し、おそるおそるまぶたを開く。そうして——紗良は呆然と、目を瞬かせた。
 先ほどまでは、人通りは少ないとは言え、周囲に民家のある舗装された道路を歩いていたはずだ。だが今は、だだっぴろい広場のような場所で、土を踏みしめて立っている。

「え、ここ……どこ……?」

 きょろきょろと辺りを見回してみるが、そこには誰もいない。暑い時期だというのに、にわかに背筋が寒くなって、紗良は震えながら一歩足を踏み出した。
(なにこれ……どうして……? さっきまで、家のすぐ近くを歩いていたのに……)
 舗装されていない土の道は、歩くたびにざりざりと不快な音を立てる。それに不安を更に煽られて、紗良は目の奥がつんと痛くなってきた。涙が出そうだ。
 だが、とにかく誰かを探して、そしてここがどこなのかを確認しないと——。

「おい、それ以上先には行くな」

 背後から声をかけられたのは、そんな時だった。と、同時に腕をぐっと捕まれて、痛みに顔をしかめる。
 文句を言おうと振り返って、紗良はあんぐりと口を開いた。
 目の前に、とんでもない美形が立っていたからだ。
 豊かな銀の髪は長く、腰の辺りまであるのを、首の後ろで一括りしている。紗良よりも頭一つ分高いすらりとした長身で、推定百八十前後はあるだろう。
 美しい顔立ちに、神秘的な金色の瞳がよく似合っている。
 突然現れた青年に戸惑いはしたものの、とにかくこんな場所で出会えた唯一の人間だ。しかも、外国人のような見た目をしているのに、日本語を話している。ということは、話が通じる!
 ほっとした紗良は、だが先ほどの彼の言葉を思い出して小さく首をかしげた。

「なんで——」
「おまえ、このまま進んだら——捕まるぞ」
「……え?」

 質問を遮られ、突然おかしなことを言い出されて、紗良は怪訝な顔をした。一体何を言い出したのだろう、この人は。
 だが、そんな紗良の気持ちには彼は気付かなかったようだった。ぐっと少し乱雑な仕草で腕を引っ張ると、よろけた紗良を抱き留め、ふんわりと抱え上げてしまう。