はっと気付いたときには、もう遅かった。紗良は周囲を見回して、小さくため息をつく。
 ショックのあまりぼんやり歩いていたのが悪かったのだろう。気付けば、見たこともない道に迷い込んでいた。

「ここ、どこだろう……」

 きょろきょろと辺りを見回してみても、どうしたことかひとっこ一人通りかからない。はっと思い出し、紗良はスカートのポケットからスマホを取り出した。
 たしか、この中にはナビも入っているはずだ。使い方はよく知らないが、なんとかなるだろう。
 最悪、実琴か花音に電話をして……。

「あれ、圏外……?」

 スマホのアンテナが表示されている部分は、しっかりと「圏外」の文字がある。がっくりと肩を落としたとき、背後から「あの」と控えめに声をかけられた。
 振り返ると、暑い時期だからだろうか、着流し姿の若い青年が、うっすらと笑みを浮かべて佇んでいる。
 彼と視線が合った瞬間、目がじくりと疼いたような気がした。

「失礼、怪しいものでは……。その、さきほどからお困りのようだったので、つい」
「あ……」

 そう、確かに困っている。道がわからないし、スマホは繋がらないしで誰かに助けて欲しいと思っている。
 けれど、なぜか目の前の青年にそれを言うのは憚られた。なんだかとっても嫌な感じがする。
 ——そう、思っていたのに。

「迷子に、なってしまって……」

 どうしてか、彼の目を見ると抗えない。まるで操られたかのように、そう口にしてしまう。

「では、案内しましょう」

 青年がじっとこちらを見つめながら、そう言ってくる。断りたいのに頷いて、紗良は彼に案内されるままに道を歩いて行ってしまう。
(どうして……!)
 手も足も、視線一つでさえ自分の思うままにならない。ただ、背中にはじっとりと嫌な汗の感触だけはある。
 そうして紗良は、青年に案内されるままに寂れた社にたどり着いた。周囲には木が生い茂り、庭とおぼしき場所には草がぼうぼうと生い茂っている。
 およそ、人が住んでいるとは思えないような場所だ。

「さあ、どうぞ」

 駄目だ、入っては駄目だ。そう思うのに、身体が勝手に動く。一歩、また一歩と進む足をなんとか止めようとあがくものの、まったく効果が無い。
(やだ……助けて……コハク……っ!)
 その名前を思い浮かべた瞬間、目だけが紗良の自由になった。ぎゅっと閉じ、それから目を見開くと、視線の先にいた青年が怯んだ表情を浮かべる。
 目の奥が熱い。じくじくする——!