朧の家に着くまでの帰り道で朧から鬼や鬼が持つあやかしの力、そしてあやかしについて教えてもらった。
 鬼は大きく分けて五つの属性に分かれているらしい。
 火の力を操る火鬼、水の力を操る水鬼、土の力を操る土鬼、鋼や鉱物を操る金鬼、そして木を操る木鬼である。他にも弥生が持っている風を操る風鬼、雷を操る雷鬼、氷を操る氷鬼などもいるが、それは木鬼や水鬼の中に属するとのことであった。
 五属性の内、土鬼と金鬼はほんの数人しか残っておらず、他の三属性の鬼も数を減らしていた。近年は妖力が弱く、鬼の力を振るえない者ばかり増え、更に女鬼となると各属性に一割いるかいないかという状態らしい。

「どうして、鬼は減ってしまったんですか?」
「大昔に大規模なあやかし狩りがあったんだ。知っているか。当時の武士や陰陽師といった人間たちが日本に点在するあやかしを討伐した話」
「歴史や民俗学の授業で聞いたことがあります」

 それ以外でも鬼を退治した昔話や民話をいくつも知っていた。山に住んで人間に悪さをする鬼、金銀財宝を人間たちから取り上げて独り占めする鬼の話などがあった。

「昔の現世とかくりよは今よりもっと密接していた。行き来は簡単で、あやかしが見える人間も大勢いた。それがいつからかあやかしは恐ろしい存在として扱われるようになった。そんな俺たちあやかしを退治する為に現世から多くの人間がかくりよに押し寄せたんだ」

 あやかしたちは協力して人間たちと戦い、現世に追い返したが、多くの同胞を喪った。
 どうにか生き残ったものの、戦いで怪我を負って妖力を失ったあやかしもいれば、種族を存続させるのが難しくなり、滅びたあやかしもいた。
 また戦いで武勲を立てたあやかしと逃げ回っていたあやかしとの間には完全な溝が出来てしまい、功績を上げたあやかしとその種族は上町と言われる上級街で贅沢三昧の生活を送り、何もしなかったあやかしは下町と言われる下級街で細々と暮らすようになったのだった。
 下町にも住めない力の弱いあやかしは現世に逃げ、人間を避けるように息を潜めて暮らしているらしい。弥生や弥生の祖母の周りに集まっていたあやかしもかくりよから逃げて来たあやかしたちだったのだろう。

「どうして、人間はそんなことをしたのでしょうか。全てのあやかしが悪いあやかしじゃないのに……」
「これは恐らくだが、当時の権力者たちは自分たちの権力を民や周辺諸国に誇示したかった。それには成果が必要だが、成果に繋がるような出来事が国内で起きていなかった。手っ取り早く成果を上げるには戦いが良かったが、それには敵が必要だった。例えば誰もが知っていて、誰もが恐れているような存在が……」
「それであやかしを敵と定めてかくりよにやって来たんですか。自分たちが強いと示す為だけに……」
「あくまで俺の想像だけどな。本当のところは誰にも分からない。だがその戦いで鬼の大半が討伐されてしまった。女鬼も子鬼も関係なく……。あやかしの中でも特に鬼は古くから民間伝承などで伝えられている恐怖の存在だ。知名度が高い鬼は敵として丁度良かったらしい」
「それでも鬼だからって理由だけで殺されるのは納得がいきません! こんなのただの虐殺です」
「虐殺か……。そういう考え方もあるんだな」

 含むように朧が呟いたので、弥生は「違いますか?」と尋ねるが、朧は何も答えてくれなかった。
 
「生き残った鬼を始めとするあやかしたちは、新しい生き方を考える必要があった。その際に婚姻に対する考え方が変わったんだ。それまでは同じ種族で同じ属性を持つ同族じゃなければ結婚出来なかったからな」
 
 それまでは子孫を残す為に同じ種族内の同族同士が婚姻を結ぶのが通例だったが、人間たちとの戦いが原因で絶えてしまったところもあった。
 そういう時は同種族内の各属性の代表者同士で話し合って、その属性が持つあやかしの力を絶やさないようにしていた。
 また朧がやろうとしていた風鬼の力を受け継ぐ儀式のように、養子として引き取ったあやかしに亡くなったあやかしの妖力ごと力を受け継がせることで存続させている種族もいる。
 ただ今度は力を受け継ぐ側のあやかしたちの妖力が年々弱まっており、あやかしの力を受け継いでも力の受け皿となるあやかしの身体が耐えられずに、力ごとあやかしが消滅してしまう話が増えてきた。
 後継者に定めたあやかしが力を受け継げず、種族が途絶えしまったあやかしの話も出て来るようになった。
 この状態が続けば、いつの日か全てのあやかしが根絶やしになってしまうのではないかと懸念の声もあり、このやり方については、同じ種族の中でも意見が賛否両論で分かれているという。

「俺の両親も水と火で属性が違っていた。俺は父の力を持って生まれたが、その後母が亡くなり、力を受け継ぐことになった。それが火鬼の力だった」
「朧さんの火の力はお母さんの力だったんですね……」
「違う属性を受け継いだ分だけ身体への負担が大きくなる。風鬼だった弥彦が亡くなって、弥彦の力も受け継ぐつもりだったが、さすがに三属性を扱うのは難しいと思っていた。もっとも三つ目に限らず、全ての力は別のところに行ってしまったが……」
「すみません……」
「謝るな。ほらもうすぐ着くぞ」

 ここから逃げようと窓から出た時はゆっくり眺めている暇が無かったが、改めて見た朧の家は昔ながらの日本家屋で、日本庭園や和室以外にも縁側や洋室、書斎もあった。
 玄関で汚れた靴下を脱いだ時に、ガラスを踏んで足裏を切ったのを思い出して弥生は手足を見るが、何故か傷は跡形もなく消えていた。
 その時に流れた血の痕は靴下に残っていたので怪我をしたのは間違いない。何故か傷口だけが綺麗さっぱり無くなって、怪我を負う前の状態に戻っていたのであった。
 背中を丸めながら上がり框に座って草履を脱いでいた朧に聞くと、鬼になったことで妖力が弥生の治癒力を向上させて、傷の治療を促進させたのだと教えられたのだった。
 あやかしは人間よりも寿命が長く、治癒力も高いので不死身に近い。加えて成人すると身体の成長や老化が遅くなるので不老不死でもあるらしい。
 寿命や治癒力は妖力が関係しており、妖力が強いほど不老不死になるが、それでも病気や自力での治癒が困難な怪我を負った時は妖力の強弱に限らず死んでしまうとのことであった。
 夜も更けてきたので、片付けは明日やることにして、弥生は朧の勧めで雨や土埃で汚れた身体を流すことにした。
 朧からは家の中のものは自由に使っていいと言われたので、石鹸や手拭い類をありがたく借りることにする。
 浴室は木の温もりを感じる壁と浴槽、昔ながらの石造りの床で出来ており、祖母の家を思い出して懐かしい気持ちになる。頭からシャワーを浴びて身体を洗っていると、扉の外から声を掛けられる。

「着替えを持って来たから自由に使ってくれ。部屋にも置いておく」

 朧は用件だけ話すと、礼を言う前にすぐに出て行ってしまった。弥生はそっと扉を開けると着替えを確認する。
 木で編まれた脱衣籠の中には、旅館でよく見かけるような明らかに女性ものと思われる薄桃色の寝巻きが置かれていたのであった。

(朧さんのものじゃないよね……?)

 気になりつつも、弥生は程よく身体を温めたところで用意してもらった寝巻きに着替えると、朧から借りた客間に戻ったのであった。
 客間に入ると、部屋の真ん中に敷いた布団の枕元に着物が一式置かれていた。濃紺色の生地に小花柄の小紋と薄茶色の帯、白の帯締めに白と茶の帯留め、といった大人っぽい色でありながらも可愛らしい着物に、弥生の心がわずかに弾むがすぐに沈んでしまう。
 せっかく用意して貰ったが、着物を着たのが数えるほどしかない弥生には着方が分からなかった。朧に聞くと余計に気を遣わせてしまうかもしれない。
 鬼の力を取り出すまで、一時的にお世話になっているだけの朧にあまり迷惑を掛けたくなかった。既に弥彦の風鬼の力だけではなく、朧の鬼の力まで取ってしまったことで、朧を困らせている。これ以上の負担は掛けさせたくなかった。
 一応さっきまで弥生が着ていた洋服は、風呂に入る前に洗濯して、ハンガーに掛けて干してはいるものの、明日の朝まで乾くか分からなかった。

(多少生乾きでも着よう。どこかで洋服を手に入れられればいいんだけど……)

 布団に寝転びながら明日の服について考えている内に、疲れが出てきたのか少しずつ睡魔が襲ってくる。
 今後の心配をして眠れなくなってもおかしくないのに、こんな状況でも眠くなるのは朧が悪い人では無いからだろうか。それとも朧に信頼を寄せているからなのか……。
 気がつくと、弥生は両目を閉じて眠りの世界へと落ちていたのであった――。