「二言はないな。一度約束を交わせば取り消せないぞ」

 男の子が、青紫の瞳で彩寧の目の奥をじっと見てくる。言っている意味はよくわからなかったが、彩寧は男の子の言葉に静かに頷いた。

「それなら、交渉成立だな。おれの名前は智颯(ちはや)だ。覚えとけ」

 少し目を細めて大人っぽい表情で笑う男の子を見て、彩寧の胸がドキンと高鳴った。

 ドキドキしながら頷くと、男の子がゆっくりと口を開ける。尖った犬歯が覗き見えた次の瞬間、男の子が彩寧の左手の薬指にがぶりと噛みついてきた。

「きゃっ、何するの?」

 薬指の付け根の部分に鈍い痛みが走り、驚いた彩寧の口から悲鳴が漏れる。彩寧が噛まれた左手の指を抑えて飛び上がると、男の子が手の甲で唇を拭いながらにやりとした。

「心配するな。彩寧の両親はすぐに仲直りできる」

 あれ。わたし、この子にお願いごとが何か教えたっけ——?

 彩寧が首を傾げたとき、チリンと鈴の鳴る音がして、髪の毛がふわりと風に揺れた。すぐにザザーッと強い風が吹いてきて、思わず目を閉じる。

 境内の周りの木々が揺れる音が収まってから彩寧が目を開けると、目の前にいたはずの男の子の姿が消えていた。