「いらない。そんなものに価値はない。それより……」

 男の子が彩寧の左手をつかむ。そのまま強く引っ張られたせいで、がま口財布が落ち、おもちゃのお金が地面に散らばった。

「お前、名前は?」

彩寧(いろね)

 名前を言うと、男の子が彩寧の顔を値踏みするようにじろりと見てきた。

「おれから神様に口添えするにあたって、ひとつ条件がある」

「条件?」

「彩寧、おまえ、おれの嫁になれ」

 少し横柄で、乱暴な言い方だった。

「え?」

 意味が分からず目をぱちくりとさせていると、男の子が彩寧の左手を口のそばまで持ち上げる。

「どうする? おれの嫁になるか?」

 嫁って、お嫁さんのことだよね……。この男の子は、わたしと結婚したがってるってこと?

「大きくなったら結婚しようね」という約束なら、彩寧も幼稚園の頃に男の子の友達としたことがある。何の拘束性もない、その場限りの口約束だったけど、彩寧とその男の子は戯れにでも「結婚しようね」と言い合えるくらいには仲良しだった。

 だけど、今、目の前にいる男の子は、名前も知らない初めて会った子だ。そんな子に、少し高圧的な態度で「嫁になるか?」と訊かれても、ただただ戸惑いしかない。