「あ、の……。あなたは?」
「なんだ。おまえは自分の夫になる男の名前を忘れたのか」
少しエラそうな物言いをする和服の少年の言葉に、一瞬耳を疑う。
「今、なんと?」
「夫になる男の名前を忘れたのか、と聞いた」
少年に真顔で返されて、わたしの頬がひきつった。
「何言ってるんですか? わたしはあなたと知り合いですらありませんけど」
整った顔立ちをした綺麗な人ではあるけれど、初めて会ったわたしに「夫になる男だ」とか言ってくるなんて。ものすごく、怪しい。じゃなければ、頭がおかしい。
距離をとるように身を引けば、少年がそれを縮めるように近付いてくる。そのとき、草履がジャリッと地面に擦れて、チリンと鈴の鳴る音がした。さっきから、ずっと聞こえてきた鈴の音だ。
まさか、この人、広場にいるときからどこかに潜んで、わたしのことをつけていたんじゃ……。
もう一度チリンと鈴の音が聞こえたかと思うと、足が地面に張り付いたみたいにそこから動けなくなった。金縛りか、不思議な魔法にでもかけられたみたいだ。