横断歩道の信号は赤。ママに頼まれたおつかいは急ぎじゃない。
わたしは横断歩道に背を向けると、中央公園の広場に続く階段に足をかけた。
公園の入り口から伸びる階段は長くて、上りきるまでに少し息が乱れる。呼吸を整えながら額の汗を拭うと、横顔に吹いてきた風がふわりと後ろ髪を揺らした。
階段を上って左側にある公園の広場では、親子連れや小学生の男の子たちが遊んでいる。
広場を囲むように植えられた桜の木には、思ったとおり、ピンク色の花がまだところどころで咲いていた。
広場に風が吹いて花びらが舞い散り、枝から伸び始めた緑の葉が揺れる。それを見つめながら、わたしはなぜか、自分が何かとても大切なことを忘れてしまっているような気がした。
どうしてそんなふうに思うのわからない。だけど、桜の木の枝を揺らす風と同じ匂いを、昔どこかで感じたことがあるような気がするのだ。
不意に耳元で、チリンと鈴の鳴る音がする。ハッとして右耳を抑えたけれど、もちろん、わたしの隣には誰もいない。
知らないはずなのに、懐かしく感じられる風の匂い。鈴の音の空耳。今日のわたしは少しおかしい。
ちょうど耳のそばにあてていた手で横髪を掬いあげながら、そういえばおつかいの途中だったことを思い出す。いくら急ぎではないと言っても、夕飯の準備をするまでにおつかいをして戻らなければ、さすがにママが文句を言うだろう。