「……なるほどつまり、有栖は一千年前以上に生まれた陰陽師で、同じ人間の女の子に恋をしとったけど妖の常夜頭に取られて……妖から魔力を奪ってもう一回アプローチかけたけどあっけなく失敗したと。やがてその女の子の寿命が尽きたから、呪いで蘇らせようとして……って、何回考えても意味不明なんやけど!? アイツもう僕が殺してきてええか!?」
「何回聞いてもただの狂った悪党だな……凪さま、オイラも加勢するぜ!」

 心底意味がわからないという表情の凪とセンリに、言葉もでないと言った様子の伊織。
 香夜たちが鵺屋敷に到着してから二時間後、遅れて凪たちも到着した。
 今は、慌てたように香夜の元へ駆け寄ってきた凪たちに、もろもろの経緯と説明を教えたところである。

「そんでずっと黙っとったけど、識からの謝罪はまだ? 僕ら、香夜ちゃんが識に連行されてから何故か屋敷への回路が途切れたせいで空間を抜ける(・・・)ことができんくなって、ズタボロの身体引きずってここまで飛んできたんやで?」
 
 少しは労わってくれてもええやろ、と続けた凪に思わず目を反らす香夜。
 ぶす、と顔をそむける識の姿が見えたからだ。

「なんやその、ぶす、って顔は! こっち見てみい!」
「……断る」
「お前なぁ!?」

 こうやって聞いていると、案外相性のいい二人なのかもしれない。
 こほん、と咳払いをし、香夜は口を開く。

「……確かに、有栖の意図はいまいちわからない。でも、希望もあると私は思う」
「……ああ、徒花の呪いはおそらく有栖が生み出したもんや。呪詛は、呪詛師が死ぬと解ける。つまり……」
「うん、有栖を倒せば識の呪いが解けるかもしれない」

 そう言って、香夜は畳の上に置かれた紙切れを見た。
 空亡の呪詛が書かれたものだ。

「件……いや、口無しは空亡と繋がっていた。これは有栖がお前をまた見つけるために、口無しを通じて付けたものだろう」

 識が、紙切れを見ながらそう言った。
 
 ‟全ての妖は、魔力は、いずれ空亡へと帰還する。そしてまた新たな命が空亡によって生み出される”
 識の過去で、有栖はそう言った。まるで、月を神と崇めているかのように。
 赤く色づいた月影が、座敷を妖しく照らす。そうか、見上げているつもりが、ずっと自分は見られていたのだ。いつだって、濃紺の夜空にはこの滴り落ちるような月が出ていたではないか。

「……とにかく、私は有栖を許すことができない。何があっても、絶対に止める」

 するとその瞬間、リン、と鈴の音が鳴り、白い光が目の前の畳から溢れ出す。突如として現れた閃光に目を瞬くうち、それはやがて赤黒い炎となった。
 頭の中で、けたたましい警鐘音が鳴り響く。身体にまとわりつくようにして漂ってきたのは耐えがたい腐敗臭。

『――……なんともはや、わたしの話をしてくれていたとは嬉しいものですねぇ』

 脳内を直接揺らす、ねっとりと上擦った嬌声に息をのむ。
 床に落ちた空亡の書の切れ端がパラパラと勢いよくめくりあがり、波打つ影が津波のように広がっていく。

「……やはり、来たか。有栖――!」

 静かに猛る識の声が耳元で聞こえた。
 しかしそれもすぐに黒い水の中に飲み込まれ、ごぽ、と口から泡が溢れるだけだった。
 飲み込まれる、溺れる、空間そのものを包み込む膨大な魔力の渦で、耳触りな笑い声がこだましている。
 肺に粘った油のような水が入り込んでいく。息ができない、何も、聞こえない――。

「大丈夫だ、俺の熱だけを信じろ」
「……っ」

 何もかもが黒に飲み込まれてしまいそうだったその瞬間、甘やかに香夜を包んだのは識の声とあたたかな温もり。
 間近に感じる華の香りに、香夜は身をゆだねるようにして目を閉じた。