むかし、まだ人の世と妖の世の境界があいまいだった頃。
 明けない夜が続く妖の世――通称、常夜(とこよ)で生きる妖と、人の子は互いに憎しみ合っていた。
 どうして憎しみが生まれたのかは誰にもわからない。
 感情を持たざるものは持つものを妬み、力を持たざるものは持つものを僻み、そうして異なる種の間にできた溝はどんどん深くなっていった。
 
 しかし時がたち、わずかな異変が起こった。
 常夜の頂点に立ち妖を統べる常夜頭(とこよがしら)が、人間の娘と恋に落ちたのだ。
 妖を深く愛し、身も心もささげた人間の娘――それが、あっけなく裏切られた。
 捨てられた娘は、妖と恋に落ちた反逆者として、見るも無残な最期を遂げたという。
 娘の無念は呪いとなり、消えないアザとなって常夜頭の身をむしばんだ。呪いのアザにつけられた名は、徒花(あだばな)
 徒花の呪いは常夜頭が命を終えてもなお、次の代に受け継がれた。
 次の代も、次の代も、そのまた次の代の常夜頭にも、徒花は現れた。

 やがて力を制御できなくなった常夜頭から溢れた呪いは、常夜のみならず人の世まで飲み込んだ。
 
 それでも、恐ろしい徒花の呪いを薄める方法がたった一つだけ見つかった。
 それは人間の、とある血族の娘を、常夜頭の贄として捧げること。

 特別な血を持つ一族は花贄(はなにえ)の宗家と呼ばれ、贄の娘を常夜へ差し出す代わりに溢れんばかりの富と名誉を手に入れたという。

 かくして、ふたつの世は守られた。

 ほんの、少しの‟犠牲”を代償にして――。