誰もいない放課後の教室。西陽が差し込み、二人だけの影が伸びたロマンチックな教室で、僕は華美さんに愛の告白をしていた。
「華美さん、僕……ずっと華美さんのことが好きだったんだ」
 夕陽色に染まる僕の頬をそのまま鏡に写したように、華美さんの頬もポッと朱色に染まった。
 そして、華美さんは少し恥ずかしそうに微笑みながら、僕を見上げる。
「嬉しいです、荒矢田君。華美も荒矢田君のことが好きです。これからは恋人として仲良くしてほしいです」
「うん! もちろんだよ! これからは旧校舎のプールでお弁当を食べて、湿気の籠った風呂場で寝て、梅雨になったらたくさん増殖しよう!」
 心の中で、理性(潔癖症の僕)が叫ぶ。なんてことを口にしているんだ、と。

 これは、最高の悪夢だ。

「ううん……華美さん……うっ……黴臭……」
「――だ……矢田……荒矢田! おい、荒矢田ってば!」
「ううん……?」
 あれ、華美さんの顔が歪んでく……。
「起きろ!」
 耳元で爆発でも起きたかのような大きな声に飛び起きる。
「なにごと!?」
 視界の中は一面白。
「……あれ? 僕、もしかして死んだ!? ここってまさか、あの世!?」
 自分の置かれた状況が分からずパニックになっていると、突然ペチンという情けない音がした。同時に、額に小さな痛みが走る。
「バカタレ。ここはこの世だ」
 目の前には大きな骸骨……の目、というか穴。窓枠いっぱいに人体の骨があった。
「あれ……ほね先生……と、二度寝屋?」
 額を叩いたのは、僕たちの担任教師、餓者髑髏の毒島(どくじま)ほね先生の人差し指だった。ベッドの傍らには、二度寝屋もいる。
「ここどこだ?」
 たしか僕、華美さんとご飯食ってなかったっけ? もしかしてあれも夢だったとか?
「病院だ。お前、腐った飯食って倒れたんだよ。覚えてないのか?」
 窓の外で、ほね先生の虚空の目元が呆れ気味に歪んだ。
「うんうン。運ばれたトキ、俺の生前の最期みたいナ顔してたゾ」
 ……そういえばそうだった。二度寝屋の言葉に、見たことのない彼の包帯の下の顔を想像してゾッとする。

 よくよく部屋の中を見渡すと、そこはたしかにこの世の病院の一室。
 華美さんの謎のおかずを食べて倒れた僕は、近くの総合病院に運ばれていたらしい。
「ったくお前、ただの人間のくせに華美の飯食ってんじゃねぇよ」
 ほね先生は、カチャカチャと関節を鳴らしながら肩を竦めた。
「……すみません。つい、本能に負けて」
「本能に負けて死ぬ気か」
「……そんなヤバかったんです? 僕」
「食中毒でひどい脱水症状起こしてたらしいぞ」
 全身からサーッと血の気が引いていく。
「マジか。危ねぇ……」
 危うく二度寝屋と同じ末路を辿るところだった。
「とにかく一週間は入院だと。じゃ、思ったより元気そうだし、先生もう帰るから。二度寝屋はどうする? 帰るなら送ってくぞ?」
「大丈夫デス。俺ハもう少し残りまス」
「そうか。じゃあな、荒矢田。安静にしてるんだぞ」
「あ、はい。ありがとうございました」
 礼を言い終わらぬうちに、ほね先生は大きな身体を起こし、ちょっとした地震を起こしながら学校の方角へ消えていった。
 
 先生の影が見えなくなると、二度寝屋が苦笑を漏らしながら僕を見た。
「散々だったナ」
「あぁ……ひどい目に遭った」
 ただ好きな人の手料理を食べただけなのに、こんなことになろうとは。
「自業自得ダけどナ。でも彼女、すごク心配してたゾ」
「心配……か。そうだよね。迷惑かけちゃったなぁ」
 二度寝屋の一言に、僕は拳を握り込んだ。

 やっぱり……僕たちはダメなのだ。

「僕さ……今回の件でよく分かったよ」
「ン?」
「僕と華美さんは、この先なにがあっても結ばれない運命なんだって」
 二度寝屋は驚いたのか、少しの間固まったまま僕を見つめた。
「……なんだ。諦めルのカ? 華美さんのコト」
 二度寝屋は意外そうに訊ねてくる。
「……どの道、僕の潔癖症は治りそうにないし、これ以上はお互いに時間の無駄だと思うんだ」
「……残念ダ。お前がそんな簡単に諦めルなんテ、思わなかったゾ」
 二度寝屋の言葉には、少しだけ棘がある。
 僕はその棘と自分の心に気付かないふりをするように、二度寝屋から目を逸らした。

 そして、苦し紛れに反論を呟く。
「簡単じゃないよ……それに、僕に恋人ができるの阻止しようとしてた奴がなにを言うか」
「まぁナ。でモ、お前が華美さんを諦めることはナイト思ってタ。どんな二相性が悪くてモ、どんな障害があってモ、お前なラ必ず乗り越えると思ってタカラ」
「…………なに言ってんだよ。僕はずっと、彼女のこと諦めようとしてたじゃんか。だから告白だってしなかった」
「そうだったカ? 俺には夢を見る度に、ドンドン好きになっていってるように見えたゾ?」
「……そんなことない」

 そうだ。そんなことは絶対にない。
 だって、僕と彼女は天敵同士なのだから。

 僕はギュッと目を瞑り、未だ追いかけてくる想いを振り払うように首を振った。