今回は那美どのが湯にのぼせる前に上手く風呂を済ませた。
自分の欲望も上手く制御出来たのが、誇らしかった。
―― やはり、慣れが大切なのかな。
湯の中でイチャイチャするというのは前にやって、色々と反省もあったから、今回は余裕なくがっつくというのはなかった。
もちろん、自制するのには大変な精神力を要するが、それでも、あのように愛らしい那美どのを見るのは、いい。
―― 私も成長したな。
背中を流してもらえたのも、良し。
那美どのの体を洗ってみたい衝動もあったが、それを許されていたら、あのように制御できなかったかもしれない。
―― あれでよかった。
二人で風呂から出たあとは、一緒に縁側で酒を飲みながら、またしばらく庭の蛍を見た。
蛍の光に必死に手を伸ばして、「止まってはくれませんねぇ」という那美どのは、誠、可愛かったな。
そんな那美どののため、私は、源次郎に、懐紙とはちみつを持って来させた。
「何をするんですか?」
「まあ、見ていろ。」
私は、紙を筒状にして、床に置き、紙の中にはちみつを少し塗った。
それを、那美どのの目の前に置くと紙の筒の中に蛍が集まってきた。
「わぁ素敵! 蛍のランタン、雪洞みたい。幻想的ですねぇ。」
と、那美どのが目を輝かせてはしゃいでいるのを見て、心底、癒された。
源次郎に、那美どのの布団は客間に準備するように言うと、信じられないと言った表情をしていた。
―― まあ、大人の男の余裕というのは演出できたのではないか。
私は、都で八咫烏が語っていた、酒呑童子に教えてやったという手練手管を思い出した。
八咫烏は酒呑童子の16人の妻について色々と護衛隊の者たちに語っていた。
人が仕事をしているのにも関わらず、ペラペラと話しおって。
―― だが、役に立ったかもしれぬ。
その時に、八咫烏が、酒呑童子が自ら妻の寝所に行かずとも、妻の方から寝所に来てくれと言わせる方法を教えたと言った。
護衛隊の者は皆、その方法を知りたいとせがんだ。
勿体ぶりながらも八咫烏が話して聞かせていたのが、私の耳にも否応なく聞こえてきた。
「これは男と女の攻防だ。女は城だと思え。これは城攻めの戦と思え。」
八咫烏が大げさに言っていたが、戦略の話となれば興味が湧くものだ。
戦の中でも攻城戦はかなり難しい。
将は相手方に籠城されるのを嫌い、できるだけ城の外に兵をおびき出したいものだ。
何しろ、城というのは元より、敵を寄せ付けないように、様々な創意工夫をして作られている。
中に攻め込んでも、罠が幾重にも張り巡らされ、うかつに侵入すれば、相手の思うつぼだ。
「城攻めに大切なことは何か?」
八咫烏が皆に問うている。
―― 城攻めは忍耐比べだ。先に資源が枯渇した方が負けるか、先に精神力が切れた方が負ける。
「城攻めに一番大切なのは忍耐だ。どれだけ耐えられるか、耐えぬいた方の勝ちだ。分かるか?」
八咫烏が続ける。
「戦ではそうです。でも女人はどうなのですか?」
「さて、籠城している者に城を開けさせるにはどうしたらいいと思う?」
「煽って城から誘い出すか、資源の補給路を断って、飢えるのを待つか、ですか?」
―― それから、情報網を利用しての心理戦もあるな。
相手が籠城するには様々な理由がある。
敵が援軍を待つ間に時間稼ぎをしているのであれば、援軍が来ないなどの情報を流し、士気を弱め、和議に持ち込める。
「そうだ。女も飢えさせればよい。補給路を断つ、つまり、自分以外の男が寄り付かないようにすればいい。酒呑童子は自分の屋敷に妻を囲っているので、その点は合格だ。」
―― そうか、女の話だった。
「では、敵が飢えているかどうか確かめるためにはどうする?」
八咫烏の問いに、護衛隊の家臣は考えている。
―― 敵の資源がどれだけあるか確かめるには、時に城を攻め立てて、どれだけ抗戦してくるかを見極める必要があるな。
「時々つついてみて、どれだけ飢えているか確認せねばいかんだろう? 時には攻めることも大切だ。」
家臣たちはうんうん、と真剣に聞いているようだ。
八咫烏は女の話をすると思わせ、家臣たちに大切な戦術を教えているのかもしれん。
なかなかやるな。
「つまり、定期的に女を攻めなければいかん。だが、最後までは攻めてはいかん。どれだけ飢えているか様子をさぐるだけだ。」
―― やはり、女の話か。
「それではこちらが生殺しです。」
「だから忍耐戦と言ったのだ。自分の忍耐が勝つか、女の忍耐が勝つか、先に飢えた方が負けだ。」
「私の方が先に飢えてしまう自信があります。」
一人の隊員が言って、皆がどっと笑った。
「しかし、男はこの忍耐戦略に有利だ。」
「どうしてですか?」
「女にだって欲望はあるのだ。時々攻めたてられて、最後まで与えられなければ、女の方の欲望はどんどん膨れ上がっていくだけだ。だが、男には、はけ口があるだろう?女にはそれがなく、ただただ溜まっていくだけだ。」
「おぉ。なるほど!」
「時々攻めたて、でも最後までは攻めないかぁ。面白い作戦ですね!」
「欲望を植え付け、焦らして、焦らして、向こうから開城させるまで忍耐だ。」
「忍耐のコツはありますか?」
隊員が聞く。
「余裕だ。いいか、男には余裕が必要なのだ。余裕を持って、いつでも、あと何回でも攻めればいいんだと思えば、相手が飢えるのを待つ忍耐力になる。」
「余裕ですか。」
「余裕を持って、攻めてみるのを、何回か繰り返してやってみろ。慣れれは自分から誘わずとも女の方から誘ってくるコツを掴めるぞ。」
「そういうことでしたかー!だが、やってみる相手がおりませんな。」
また皆がどっと笑った。
―― 女との情の通わせ方を戦のように考えたことはなかったな。八咫烏は、やはり変わったやつだ。
いつか、那美どのから誘ってくれることがあるのだろうか?
そんなことがあれば男冥利に尽きるというものだ。
しかし、私の忍耐がもつかな。
戦においては忍耐戦は得意だが、那美どのが相手となると、自信がない。
―― 余裕か。いつでも攻められるという余裕。よし。心に留めておこう。
あの時八咫烏が語っていたことと、宇の湯治場での失態で学んだことを考慮して、今回は上手くやれたのではないか。
那美どのはなかなか手ごわそうだが、これからもちょくちょく時をかけて攻めてみるか。
あの反応を見るのも好きだしな。
「主、お茶をどうぞ。」
そこに源次郎が茶を持って来た。
「主、那美様のことですが…。」
「何だ?」
「本当に客間にお布団を敷いて良かったのですか? 主と那美様はもう公認の仲ですよ。私どもにご遠慮されているのなら...」
「別にそなたらに遠慮をしているわけではない。」
「そうですか?…それならよろしいのですが。」
源次郎はいぶかし気にしてはいたが、那美どのをタカオ山に送り届けた後に、「主が辛抱強い方だと知ってはおりましたが、主ほど自制心の強い男は知りません。」と言っていた。
やはり、忍耐戦は得意だな。
自分の欲望も上手く制御出来たのが、誇らしかった。
―― やはり、慣れが大切なのかな。
湯の中でイチャイチャするというのは前にやって、色々と反省もあったから、今回は余裕なくがっつくというのはなかった。
もちろん、自制するのには大変な精神力を要するが、それでも、あのように愛らしい那美どのを見るのは、いい。
―― 私も成長したな。
背中を流してもらえたのも、良し。
那美どのの体を洗ってみたい衝動もあったが、それを許されていたら、あのように制御できなかったかもしれない。
―― あれでよかった。
二人で風呂から出たあとは、一緒に縁側で酒を飲みながら、またしばらく庭の蛍を見た。
蛍の光に必死に手を伸ばして、「止まってはくれませんねぇ」という那美どのは、誠、可愛かったな。
そんな那美どののため、私は、源次郎に、懐紙とはちみつを持って来させた。
「何をするんですか?」
「まあ、見ていろ。」
私は、紙を筒状にして、床に置き、紙の中にはちみつを少し塗った。
それを、那美どのの目の前に置くと紙の筒の中に蛍が集まってきた。
「わぁ素敵! 蛍のランタン、雪洞みたい。幻想的ですねぇ。」
と、那美どのが目を輝かせてはしゃいでいるのを見て、心底、癒された。
源次郎に、那美どのの布団は客間に準備するように言うと、信じられないと言った表情をしていた。
―― まあ、大人の男の余裕というのは演出できたのではないか。
私は、都で八咫烏が語っていた、酒呑童子に教えてやったという手練手管を思い出した。
八咫烏は酒呑童子の16人の妻について色々と護衛隊の者たちに語っていた。
人が仕事をしているのにも関わらず、ペラペラと話しおって。
―― だが、役に立ったかもしれぬ。
その時に、八咫烏が、酒呑童子が自ら妻の寝所に行かずとも、妻の方から寝所に来てくれと言わせる方法を教えたと言った。
護衛隊の者は皆、その方法を知りたいとせがんだ。
勿体ぶりながらも八咫烏が話して聞かせていたのが、私の耳にも否応なく聞こえてきた。
「これは男と女の攻防だ。女は城だと思え。これは城攻めの戦と思え。」
八咫烏が大げさに言っていたが、戦略の話となれば興味が湧くものだ。
戦の中でも攻城戦はかなり難しい。
将は相手方に籠城されるのを嫌い、できるだけ城の外に兵をおびき出したいものだ。
何しろ、城というのは元より、敵を寄せ付けないように、様々な創意工夫をして作られている。
中に攻め込んでも、罠が幾重にも張り巡らされ、うかつに侵入すれば、相手の思うつぼだ。
「城攻めに大切なことは何か?」
八咫烏が皆に問うている。
―― 城攻めは忍耐比べだ。先に資源が枯渇した方が負けるか、先に精神力が切れた方が負ける。
「城攻めに一番大切なのは忍耐だ。どれだけ耐えられるか、耐えぬいた方の勝ちだ。分かるか?」
八咫烏が続ける。
「戦ではそうです。でも女人はどうなのですか?」
「さて、籠城している者に城を開けさせるにはどうしたらいいと思う?」
「煽って城から誘い出すか、資源の補給路を断って、飢えるのを待つか、ですか?」
―― それから、情報網を利用しての心理戦もあるな。
相手が籠城するには様々な理由がある。
敵が援軍を待つ間に時間稼ぎをしているのであれば、援軍が来ないなどの情報を流し、士気を弱め、和議に持ち込める。
「そうだ。女も飢えさせればよい。補給路を断つ、つまり、自分以外の男が寄り付かないようにすればいい。酒呑童子は自分の屋敷に妻を囲っているので、その点は合格だ。」
―― そうか、女の話だった。
「では、敵が飢えているかどうか確かめるためにはどうする?」
八咫烏の問いに、護衛隊の家臣は考えている。
―― 敵の資源がどれだけあるか確かめるには、時に城を攻め立てて、どれだけ抗戦してくるかを見極める必要があるな。
「時々つついてみて、どれだけ飢えているか確認せねばいかんだろう? 時には攻めることも大切だ。」
家臣たちはうんうん、と真剣に聞いているようだ。
八咫烏は女の話をすると思わせ、家臣たちに大切な戦術を教えているのかもしれん。
なかなかやるな。
「つまり、定期的に女を攻めなければいかん。だが、最後までは攻めてはいかん。どれだけ飢えているか様子をさぐるだけだ。」
―― やはり、女の話か。
「それではこちらが生殺しです。」
「だから忍耐戦と言ったのだ。自分の忍耐が勝つか、女の忍耐が勝つか、先に飢えた方が負けだ。」
「私の方が先に飢えてしまう自信があります。」
一人の隊員が言って、皆がどっと笑った。
「しかし、男はこの忍耐戦略に有利だ。」
「どうしてですか?」
「女にだって欲望はあるのだ。時々攻めたてられて、最後まで与えられなければ、女の方の欲望はどんどん膨れ上がっていくだけだ。だが、男には、はけ口があるだろう?女にはそれがなく、ただただ溜まっていくだけだ。」
「おぉ。なるほど!」
「時々攻めたて、でも最後までは攻めないかぁ。面白い作戦ですね!」
「欲望を植え付け、焦らして、焦らして、向こうから開城させるまで忍耐だ。」
「忍耐のコツはありますか?」
隊員が聞く。
「余裕だ。いいか、男には余裕が必要なのだ。余裕を持って、いつでも、あと何回でも攻めればいいんだと思えば、相手が飢えるのを待つ忍耐力になる。」
「余裕ですか。」
「余裕を持って、攻めてみるのを、何回か繰り返してやってみろ。慣れれは自分から誘わずとも女の方から誘ってくるコツを掴めるぞ。」
「そういうことでしたかー!だが、やってみる相手がおりませんな。」
また皆がどっと笑った。
―― 女との情の通わせ方を戦のように考えたことはなかったな。八咫烏は、やはり変わったやつだ。
いつか、那美どのから誘ってくれることがあるのだろうか?
そんなことがあれば男冥利に尽きるというものだ。
しかし、私の忍耐がもつかな。
戦においては忍耐戦は得意だが、那美どのが相手となると、自信がない。
―― 余裕か。いつでも攻められるという余裕。よし。心に留めておこう。
あの時八咫烏が語っていたことと、宇の湯治場での失態で学んだことを考慮して、今回は上手くやれたのではないか。
那美どのはなかなか手ごわそうだが、これからもちょくちょく時をかけて攻めてみるか。
あの反応を見るのも好きだしな。
「主、お茶をどうぞ。」
そこに源次郎が茶を持って来た。
「主、那美様のことですが…。」
「何だ?」
「本当に客間にお布団を敷いて良かったのですか? 主と那美様はもう公認の仲ですよ。私どもにご遠慮されているのなら...」
「別にそなたらに遠慮をしているわけではない。」
「そうですか?…それならよろしいのですが。」
源次郎はいぶかし気にしてはいたが、那美どのをタカオ山に送り届けた後に、「主が辛抱強い方だと知ってはおりましたが、主ほど自制心の強い男は知りません。」と言っていた。
やはり、忍耐戦は得意だな。