あやかしは基本、自由気まま、本能のまま生きている。
だけど、あまり自由にふるまいすぎて、人や他のあやかしに迷惑をかけすぎると、痛い目にあうこともある。
時々痛い目に合いながら、自分の欲望との折り合いをつけ、他のあやかしや人間と共存していく術を身に着けていく。
だけど、酒呑童子は力が強すぎて、あまり、痛い目に合ったことがなかった。
だから思い通りにならない事があると、暴れれば解決した。
欲しい物があると、奪えば済んだ。女もそうだった。
貴族の娘をさらった時にはさすがに大事になって武将たちに殺されかけたが、それ以外には、身寄りのない女をさらう分にはこれと言った問題が起きなかった。
だから、このところ、やりたい放題だった。
―― 俺が少しお灸を据えてやらねばな
そう八咫烏が思っていたところ、その必要がなくなった。
代わりに酒呑童子にお灸を据えたのは那美だった。
失恋して見苦しく泣きわめく鬼をなだめ、八咫烏が酒呑童子の屋敷に連れ帰ると、そこには酒呑童子が今までに攫ってきた16人の妻がいた。
「お前、さすがに、やりすぎだろ…。」と、八咫烏はドン引きする。
気になる女を攫ってきて、部屋を与え、飽きたらその女からは足が遠のいてしまう。
そして、また次の女を攫ってくる。
そういう生活を何百年も続けているみたいだった。
飽きられてしまった妻たちにも、新しくさらわれてきた妻たちにも、それなりに良い暮らしをさせているみたいだったし、妻たちも、身寄りがなく乞食同然に生きてきた者たちがほとんどで、逃げ出そうとは思わないみたいだった。
そこに愛情があるかどうかは謎だが、むしろ酒呑童子の経済支援には感謝しているという感じだった。
酒呑童子は八咫烏のことも、他の妻たちのことも眼中にないというように、グスグス泣いている。
「いい加減、泣き止め。」
「うぅぅぅ。」
これまで、女はただの欲望のはけ口とだけ思っていたのだろう。
その代わり、住むところと、飯と、金品を与えれば大人しく自分に従う、それが女だと思っていたようだ。
話しを聞けば、自分が飽きて女の寝所に行かなくなっても、特に文句も言わない。
寿命の短い人間の女はやがて年老いて死んでしまう。
だから、また若いのを攫ってくる。
女はいればいるだけ、身辺の世話をする者が増えるので、財力が許す限り攫って来て養っておく。
そういう生活だったらしい。
―― それなのに、那美には本気で惚れてしまったのか。
きっと力づくでやれば、那美のことも攫ってこられただろう。
でもそうしなかった。
無理強いをして、那美に嫌われることを恐れたからだ。
「俺は、那美の心が欲しいんだ…。うぅぅぅぅ。」
今では惚れた女にふられた、ただの情けない男になっている。
「那美はいい匂いがするだろ?」
「…ああ、する。」
「あれは、あいつの強いカムナリキのせいだと思う。」
「そ、そうか…。俺も、雷を当てられた。あれは、衝撃だった。」
酒呑童子は、雷の気を当てられたらしい自分の手をさすって、切なそうな顔をした。
―― き、気色悪いぞ!
八咫烏はまた、ドン引きしながらも、今回オババ様に言いつけられたことを思い出す。
各地を回って、暴れまわるあやかしや野獣の話を聞き、鎮めてくること。
手が付けられぬ者にはお灸を据えることも、改心の見込みがある者には教え導くことも神使の仕事だ。
手ひどく那美にお灸を据えられた鬼には、まさしく改心するチャンスが来ている。
「お前、那美に認められるような男になりたくないか?」
「なりたい。」
「よし、では、那美が言っていたことを実行するぞ。」
「ど、どうするのだ?」
「身なりを整える。妻たちを全員、呼べ。」
「お、おう?」
酒呑童子は16人の妻を全員集めた。
若いのから年寄りまで勢ぞろいだ。
―― 一応年を取った妻を捨てないのは褒めてやるが…
八咫烏は少し複雑な気持ちを押し込めて、女たちに言った。
「酒呑童子の身なりを変えるので、手伝ってほしい。お前たちも自分の亭主がかっこよくなると嬉しいだろ?」
女たちに手伝わせて、酒呑童子の体を洗い、髪の毛を切った。
爪も切りそろえて、女好きのするような着物を着せ、金棒を没収した。
「そもそも武器なぞなくても強いのに、なぜわざわざこのヘンテコな金棒を持っている?」
「かっこいいと思っていた。」
「趣味が悪すぎる。虎柄も今後禁止だ!」
妻たちの勧めで、眉も整え、香も焚き込めた。
16人の妻のうちの若い女たちの中には、酒呑童子の見違えた姿に頬を赤らめている者もいた。
「なかなかだな。よし、街に繰り出すか。」
試しに、酒呑童子を連れて、花街に繰り出してみる。
「俺がいると女が寄ってくるから、お前ひとりで歩いてみろ。」
「本当のことだが、自分で言ってるから、無性に腹が立つ。」
酒呑童子は恨みがましく八咫烏をにらみつつ、でも、言われるがままに、一人で花街を歩いてみる。
通りすがる時に、びくっとして、警戒する者はいたが、以前のように、酒呑童子の姿を一目見て、叫びながら逃げ出す者は誰もいなかった。
「よし、大いなる進歩だな。」
八咫烏は満足した。
酒呑童子もびっくりした。
「や、八咫烏! に、人間に、泣き叫ばれなかった!」
酒呑童子は嬉しそうに、 大はしゃぎで八咫烏に言った。
何かを努力することで、結果が出る、ということが初めての経験だった。
「よし、ではこれから、お前に女の口説き方を教える。」
「な、何故だ?」
「そうすれば、無理矢理に女を攫わなくても、向こうの方から女が寄って来るからだ。」
「そ、そんなことができるのか?」
「当たり前だ。お前も嫌々一緒にいられるより、いかにもお前に惚れているといったような惚けた目で近寄ってこられた方が嬉しいだろう?」
「そ、そんなことは経験がないから、わからんが、たぶん、嬉しい。」
「よし。まずは、自分の妻を口説き落とせ。一番見込みのある、何と言ったか、お静という女からだ。それができないなら新しい女を口説くのは無理だからな。自分から妻の寝所に行くのではなく、今夜は自分の寝所に来てほしいと妻に言わせてみろ。」
「で、できるのか? そんなことが?」
「時間がかかるが、できる。やってみたいか?」
「やってみたい!」
こうして、長期戦になるであろう、八咫烏の指導が始まった。
「伊月にも教えたことのない手練手管だぞ。ありがたく思えよ。」
「伊月というのは、あの、那美にべったりくっついている侍のことか?」
「ああ。」
「あいつは那美の男なのか?」
「ああ。」
「あ、あいつだって相当な悪鬼顔だぞ!」
「そうだ。だから、お前のことを醜くないと言った那美の言葉はうそじゃないだろう。」
「お前も俺が醜くないと思うか?」
「俺には正直、男の美醜などわからん。単刀直入に言うが、俺以外の男は皆、醜く見える。」
「お前な…。何か、イラっとするな…。」
「とにかく、それでも、那美は俺にはなびかなかった。俺ような美しい顔が好みじゃないらしい。珍しい女だ。」
「そ、そうか…。」
「それに、那美は伊月に…」
なぜか八咫烏は言い淀み、青ざめた顔をして、ブルっと身震いをした。
「何だ、言えよ。」
「那美は伊月に、伊月のことが可愛いと言ったそうだ…。」
「何だと???」
「この前、伊月が自慢げに言ってきた。」
「あの男が可愛いだと!?」
酒呑童子も赤鬼なのに、青ざめた顔をして身震いをした。
「とにかく、伊月のような男を可愛いと思って惚れる女もいる、ということだ。」
酒呑童子は複雑そうな顔をした。
「そういう女が、この世にいるのか。」
「いるぞ。時々、ものすごーーく、稀だが、俺のような眉目秀麗な男には目もくれなず、逆に伊月やお前のような男になびく女がいるのだ。お前も希望を持っていい。」
「お、おう。」
何とか落ち着きを取り戻した酒呑童子を屋敷に戻し、妻に対する接し方のいろはを再指導して、八咫烏は、伊月たちのいる迎賓宮へと戻った。
伊月たちに酒呑童子の現状を話す。
「あの、悪鬼め!16人も妻がいるのに、そのうちの一人に那美どのを加えようとは!無礼千万!万死に値する!」
伊月は予想通りの反応だった。
面倒くさいので放っておいて、八咫烏は大鬼の恋模様を面白がっている護衛隊の隊員たちに、酒呑童子の豹変ぶりを話して聞かせる。
隊員たちは八咫烏が酒呑童子に伝授したという女の口説き方を聞きたがったので、少しだけ教えてやる。
伊月はいかにも興味なさげに、部屋の隅の文机で仕事をしていたが、きっと聞き耳は立てているだろう。
―― 全く、素直じゃないやつだな。
伊月は酒呑童子に苛立ってはいるものの、ものの見事に那美にフラれた鬼に多少の同情をしていたようだった。
同じ男として、惚れた女にフラれるであろう痛みは容易に想像できるだろうから。
―― しかし、伊月の恋敵はあの大鬼と、この無邪気な小鬼か。
八咫烏は楽しそうに笑いながら清十郎と話をしている平八郎をちらりと見た。
源次郎が言ったように、最近は那美のことを吹っ切れているみたいではあった。
今回の旅に出る前に、源次郎と堀が、新しい出会いをと思い、色々女を紹介していたのだが、那美を超える存在にはまだ出会えていないようだ。
―― 伊月も苦労が絶えんなぁ。まあ、俺にとっては面白いし、からかい甲斐があるからいいが。
八咫烏は部屋の隅で黙々と仕事をする伊月の後ろ姿を哀れみをたたえた目で見た。
だけど、あまり自由にふるまいすぎて、人や他のあやかしに迷惑をかけすぎると、痛い目にあうこともある。
時々痛い目に合いながら、自分の欲望との折り合いをつけ、他のあやかしや人間と共存していく術を身に着けていく。
だけど、酒呑童子は力が強すぎて、あまり、痛い目に合ったことがなかった。
だから思い通りにならない事があると、暴れれば解決した。
欲しい物があると、奪えば済んだ。女もそうだった。
貴族の娘をさらった時にはさすがに大事になって武将たちに殺されかけたが、それ以外には、身寄りのない女をさらう分にはこれと言った問題が起きなかった。
だから、このところ、やりたい放題だった。
―― 俺が少しお灸を据えてやらねばな
そう八咫烏が思っていたところ、その必要がなくなった。
代わりに酒呑童子にお灸を据えたのは那美だった。
失恋して見苦しく泣きわめく鬼をなだめ、八咫烏が酒呑童子の屋敷に連れ帰ると、そこには酒呑童子が今までに攫ってきた16人の妻がいた。
「お前、さすがに、やりすぎだろ…。」と、八咫烏はドン引きする。
気になる女を攫ってきて、部屋を与え、飽きたらその女からは足が遠のいてしまう。
そして、また次の女を攫ってくる。
そういう生活を何百年も続けているみたいだった。
飽きられてしまった妻たちにも、新しくさらわれてきた妻たちにも、それなりに良い暮らしをさせているみたいだったし、妻たちも、身寄りがなく乞食同然に生きてきた者たちがほとんどで、逃げ出そうとは思わないみたいだった。
そこに愛情があるかどうかは謎だが、むしろ酒呑童子の経済支援には感謝しているという感じだった。
酒呑童子は八咫烏のことも、他の妻たちのことも眼中にないというように、グスグス泣いている。
「いい加減、泣き止め。」
「うぅぅぅ。」
これまで、女はただの欲望のはけ口とだけ思っていたのだろう。
その代わり、住むところと、飯と、金品を与えれば大人しく自分に従う、それが女だと思っていたようだ。
話しを聞けば、自分が飽きて女の寝所に行かなくなっても、特に文句も言わない。
寿命の短い人間の女はやがて年老いて死んでしまう。
だから、また若いのを攫ってくる。
女はいればいるだけ、身辺の世話をする者が増えるので、財力が許す限り攫って来て養っておく。
そういう生活だったらしい。
―― それなのに、那美には本気で惚れてしまったのか。
きっと力づくでやれば、那美のことも攫ってこられただろう。
でもそうしなかった。
無理強いをして、那美に嫌われることを恐れたからだ。
「俺は、那美の心が欲しいんだ…。うぅぅぅぅ。」
今では惚れた女にふられた、ただの情けない男になっている。
「那美はいい匂いがするだろ?」
「…ああ、する。」
「あれは、あいつの強いカムナリキのせいだと思う。」
「そ、そうか…。俺も、雷を当てられた。あれは、衝撃だった。」
酒呑童子は、雷の気を当てられたらしい自分の手をさすって、切なそうな顔をした。
―― き、気色悪いぞ!
八咫烏はまた、ドン引きしながらも、今回オババ様に言いつけられたことを思い出す。
各地を回って、暴れまわるあやかしや野獣の話を聞き、鎮めてくること。
手が付けられぬ者にはお灸を据えることも、改心の見込みがある者には教え導くことも神使の仕事だ。
手ひどく那美にお灸を据えられた鬼には、まさしく改心するチャンスが来ている。
「お前、那美に認められるような男になりたくないか?」
「なりたい。」
「よし、では、那美が言っていたことを実行するぞ。」
「ど、どうするのだ?」
「身なりを整える。妻たちを全員、呼べ。」
「お、おう?」
酒呑童子は16人の妻を全員集めた。
若いのから年寄りまで勢ぞろいだ。
―― 一応年を取った妻を捨てないのは褒めてやるが…
八咫烏は少し複雑な気持ちを押し込めて、女たちに言った。
「酒呑童子の身なりを変えるので、手伝ってほしい。お前たちも自分の亭主がかっこよくなると嬉しいだろ?」
女たちに手伝わせて、酒呑童子の体を洗い、髪の毛を切った。
爪も切りそろえて、女好きのするような着物を着せ、金棒を没収した。
「そもそも武器なぞなくても強いのに、なぜわざわざこのヘンテコな金棒を持っている?」
「かっこいいと思っていた。」
「趣味が悪すぎる。虎柄も今後禁止だ!」
妻たちの勧めで、眉も整え、香も焚き込めた。
16人の妻のうちの若い女たちの中には、酒呑童子の見違えた姿に頬を赤らめている者もいた。
「なかなかだな。よし、街に繰り出すか。」
試しに、酒呑童子を連れて、花街に繰り出してみる。
「俺がいると女が寄ってくるから、お前ひとりで歩いてみろ。」
「本当のことだが、自分で言ってるから、無性に腹が立つ。」
酒呑童子は恨みがましく八咫烏をにらみつつ、でも、言われるがままに、一人で花街を歩いてみる。
通りすがる時に、びくっとして、警戒する者はいたが、以前のように、酒呑童子の姿を一目見て、叫びながら逃げ出す者は誰もいなかった。
「よし、大いなる進歩だな。」
八咫烏は満足した。
酒呑童子もびっくりした。
「や、八咫烏! に、人間に、泣き叫ばれなかった!」
酒呑童子は嬉しそうに、 大はしゃぎで八咫烏に言った。
何かを努力することで、結果が出る、ということが初めての経験だった。
「よし、ではこれから、お前に女の口説き方を教える。」
「な、何故だ?」
「そうすれば、無理矢理に女を攫わなくても、向こうの方から女が寄って来るからだ。」
「そ、そんなことができるのか?」
「当たり前だ。お前も嫌々一緒にいられるより、いかにもお前に惚れているといったような惚けた目で近寄ってこられた方が嬉しいだろう?」
「そ、そんなことは経験がないから、わからんが、たぶん、嬉しい。」
「よし。まずは、自分の妻を口説き落とせ。一番見込みのある、何と言ったか、お静という女からだ。それができないなら新しい女を口説くのは無理だからな。自分から妻の寝所に行くのではなく、今夜は自分の寝所に来てほしいと妻に言わせてみろ。」
「で、できるのか? そんなことが?」
「時間がかかるが、できる。やってみたいか?」
「やってみたい!」
こうして、長期戦になるであろう、八咫烏の指導が始まった。
「伊月にも教えたことのない手練手管だぞ。ありがたく思えよ。」
「伊月というのは、あの、那美にべったりくっついている侍のことか?」
「ああ。」
「あいつは那美の男なのか?」
「ああ。」
「あ、あいつだって相当な悪鬼顔だぞ!」
「そうだ。だから、お前のことを醜くないと言った那美の言葉はうそじゃないだろう。」
「お前も俺が醜くないと思うか?」
「俺には正直、男の美醜などわからん。単刀直入に言うが、俺以外の男は皆、醜く見える。」
「お前な…。何か、イラっとするな…。」
「とにかく、それでも、那美は俺にはなびかなかった。俺ような美しい顔が好みじゃないらしい。珍しい女だ。」
「そ、そうか…。」
「それに、那美は伊月に…」
なぜか八咫烏は言い淀み、青ざめた顔をして、ブルっと身震いをした。
「何だ、言えよ。」
「那美は伊月に、伊月のことが可愛いと言ったそうだ…。」
「何だと???」
「この前、伊月が自慢げに言ってきた。」
「あの男が可愛いだと!?」
酒呑童子も赤鬼なのに、青ざめた顔をして身震いをした。
「とにかく、伊月のような男を可愛いと思って惚れる女もいる、ということだ。」
酒呑童子は複雑そうな顔をした。
「そういう女が、この世にいるのか。」
「いるぞ。時々、ものすごーーく、稀だが、俺のような眉目秀麗な男には目もくれなず、逆に伊月やお前のような男になびく女がいるのだ。お前も希望を持っていい。」
「お、おう。」
何とか落ち着きを取り戻した酒呑童子を屋敷に戻し、妻に対する接し方のいろはを再指導して、八咫烏は、伊月たちのいる迎賓宮へと戻った。
伊月たちに酒呑童子の現状を話す。
「あの、悪鬼め!16人も妻がいるのに、そのうちの一人に那美どのを加えようとは!無礼千万!万死に値する!」
伊月は予想通りの反応だった。
面倒くさいので放っておいて、八咫烏は大鬼の恋模様を面白がっている護衛隊の隊員たちに、酒呑童子の豹変ぶりを話して聞かせる。
隊員たちは八咫烏が酒呑童子に伝授したという女の口説き方を聞きたがったので、少しだけ教えてやる。
伊月はいかにも興味なさげに、部屋の隅の文机で仕事をしていたが、きっと聞き耳は立てているだろう。
―― 全く、素直じゃないやつだな。
伊月は酒呑童子に苛立ってはいるものの、ものの見事に那美にフラれた鬼に多少の同情をしていたようだった。
同じ男として、惚れた女にフラれるであろう痛みは容易に想像できるだろうから。
―― しかし、伊月の恋敵はあの大鬼と、この無邪気な小鬼か。
八咫烏は楽しそうに笑いながら清十郎と話をしている平八郎をちらりと見た。
源次郎が言ったように、最近は那美のことを吹っ切れているみたいではあった。
今回の旅に出る前に、源次郎と堀が、新しい出会いをと思い、色々女を紹介していたのだが、那美を超える存在にはまだ出会えていないようだ。
―― 伊月も苦労が絶えんなぁ。まあ、俺にとっては面白いし、からかい甲斐があるからいいが。
八咫烏は部屋の隅で黙々と仕事をする伊月の後ろ姿を哀れみをたたえた目で見た。