兵五郎さんが案内した所には寂れた村があった。
畑があるが、荒れ果てて、草木一本生えていない。
餓死して死んだのか、やせ細った死体がゴロゴロ転がって、鳥や虫がその体をついばみ、異臭が漂っている。
兵五郎さんが声をかけると、壊れかけた小屋のような建物から、
女の人たち、子供たち、それから年よりたちがわらわらと出てきた。
兵五郎さんが皆に事情を説明し、伊月さんを紹介した。
腕を失った長と殺された人の家族は伊月さんたちが運んだ担架に群がり、泣き悲しんだ。
「仇討ちをしたい者がいれば、私が受けて立つ。」
伊月さんが呼びかけるが仇討ちをしようとする人は名乗り出なかった。
「皆、飢えで疲弊しております。」
兵五郎さんが言う。
「では、さっそく炊き出しを致そう。皆、椀を持ってこい。」
伊月さんが護衛隊に命じて炊き出しを始めると、お腹を空かせた人がお椀を片手にわらわらと集まる。
そこに、バサバサと羽音がして、人間姿で羽の生えた八咫烏さんが降りてきた。
なにか小脇に抱えている。
「おぉ、八咫烏、狩りはどうだ。」
「まずまずだ。」
そういうと、八咫烏さんは小脇に抱えていたものを、ゴロンと地に転がした。
猪だった。
皆は肉が食えると歓喜の声を上げた。
「兵五郎、さばけるか?」
「もちろんです。しかしこの辺りにはもう獣も寄り付かないのに、どこで仕留めて来られたんです?」
兵五郎さんが驚いたように言う。
「俺は一日に何十里も飛べる。」
八咫烏さんがどや顔で言うのをよそに、兵五郎さんは嬉しそうに猪をさばき始めた。
皆がむさぼるように食事をし始めると、伊月さんが、籠まで来て、御簾を開けた。
「思ったより、悲惨な状態だ。見たくないものを見るかもしれぬが、そなたが良ければ、外に出てもいい。」
「出ます。」
伊月さんに手を引かれて、きよさんと一緒に外に出ると、皆が不思議な物を見るような目で視線を送ってくる。
「タカオ山の巫女様だ。」
と、伊月さんが私を紹介すると、村の人が頭を下げた。
「え、えっと、頭を上げて下さい。」
私を拝んでいるおじいさんもいる。
「あ、あの、拝まないでください。」
私は伊月さんに促されて、一緒に床几に腰をかけた。
「那美どのも何か食べるか?」
「いいえ。私はいいです。」
食欲なんてなかった。
ただただ、村の人たちを見ると悲しさと、虚しさが胸を打った。
「兵五郎、ここへ。」
皆がお腹を満たし、落ち着きを取り戻したころ、伊月さんが兵五郎さんを呼び、金子の入った袋を授けた。
兵五郎さんが驚いて固まり、村の皆がざわめき始める。
「私たちはこれから都に行き、帰りは於の港町を通って伊に入る。私たちが於の領土にいる間、この隊とともに巫女と荷駄の護衛をすることを命ずる。それはその前金だ。」
「こ、こんなに…」
「乱暴狼藉を一切やめ、無事に勤めを果たせば、定期的に報酬を与える。」
「おぉぉぉぉ。」
女性たちもお年寄りもシクシク泣き始め、伊月さんの前にひれ伏した。
「悪い事をしなくても食べていけるのなら、そんなに良いことはありません。」
私も泣きたくなった。
こんなひどい状態になるまで、どうして誰も助けてくれなかったんだろう。
「このように田畑が育っておらんのは何故だ。」
「日照りでございます。干ばつが長く続いております。」
「雨ごいをする巫女はおらんのか。」
「こんな所まで誰も来てくれません。 於の国主からも見放されております。」
「あ、あの…」
私は立ち上がった。
「私、雨ごいしてみてもいいですか?」
「那美どの...」
「雷も一緒に来ちゃうかもしれないですけど、何度かオババ様と練習したことあるんです。成功するか分からないですけど。」
伊月さんが大きく頷いて、村の皆も期待の目で私を見た。
私はオババ様に言われたことを思い出し、心の中で反芻した。
懐に持った、伊月さんがくれた数珠を手に持つ。
深呼吸をしてカムナリキを雷石に流し込む。
伊の国のミノワ稲荷がくれたりんご飴のお陰でカムナリキはいつになくみなぎっている。
皆の飢えている様子を、餓死して死んでいった者たちを思って、どうしようもない悲しみをカムナリキに混ぜ込む。
「おぉぉぉぉ、雨雲が現れたぞ!」
そして、雷神に祈りを込めて雨を起こすようにお願いする。
やがて辺りが真っ暗になり、雨雲が村全体に広がったのが分かった。
「雷神よ、この村にご加護を!」
私は天に向けて両手を広げた。
すると、ザ――と音がして、雨が降り始めた。
ゴロゴロっと音がして、雷も鳴った。
村人が喜び、天を仰ぎながら踊り始める。
「良かった。」
私はホッと一息ついた。