亜国の本城、亜城のインテリアは豪華絢爛だ。
金色に輝く天井、豪華な襖絵、色とりどりの装飾品。
それなのに、あまり綺麗だと思わなかった。
どことなく品のなさや、手入れの行き届いてなさを感じる。
私は案内人に通されて、控え室で亜の国主と帝国の使者にお目通りできるのを待っている。
隣室も客人用の控え室らしく、男の人達の声が聞こえる。
「生田様は共舘どのを、まこと目の敵にされておる。」
「ああ。よほど脅威に感じておられるのだろう。生田様がずっと放ったらかしにしていた拐かし事件も共舘どのが捜査を初めて2週間で解決なさった。」
―― あ、伊月さんのことだ!
私は思わず聞き耳を立てた。
「しかし、やりすぎではないか。小競り合いや魔獣討伐、さらには拐かし事件など、領地の手に入らぬ厄介ごとばかり任されるわりに、報酬も譜代の家臣の三分の一と聞く。」
「だが、共舘どのも清廉潔白とは言えまい。裏で色々と悪い噂も絶えぬ。」
「確かに。戦場で身寄りのない女人を手籠めにしたとも聞いた。」
「何と野蛮な!」
―― 伊月さんは絶対にそんなことしないのに!
「それに生田様から扶持をそんなにもらっていないのに、武術大会を開いたり、若い衆を沢山雇い入れたり、やけに金があるようだ。」
「どこからそんな金を?」
―― そ、そういえば。それは私もちょっと気になるかも…
「倹約家という噂は聞いたことがあるぞ。草の根や捕まえた魔獣を食べるそうだ。」
「何と魔獣を? 穢らわしい!」
―― 伊月さんの台所事情を知ってるけどそんなの食べてるところ一度も見てない!
「草の根や魔獣を食べてでも、生田様には絶対服従らしいな。扶持の交渉もせず、言われたお役目には必ず従われる。」
「やはり幼い時から人質生活ゆえ、飼いならされた犬のようにお育ちではないのか。」
―― なんて言い方....
私は悔しくて拳を握りしめる。
オババ様も伊月さんには政敵が多いと言っていた。
何か悪いことを聞いてもいちいち気を害せぬようにって言い含められた。
―― それにしても酷いよ!
伊月さんも色々な噂を立てられているのに「人は物語を作るのが好きなんだ」って気にも止めてないし。
―― そうだ、物語っていう手がある!
私はあることを思いついたが、そこに、案内人がやって来た。
―――
「タカオ山のカムナ巫女、那美でございます。」
私は通された部屋でお辞儀をする。
「面を上げよ。」
頭を上げると、上座に座っている人が、「皇帝の勅使、東三条輝明と申す。」といい、その横にいる人が「亜の国主、生田良和だ。」と言う。
勅使の東三条さんが横にいる人に目配せをすると、その人は「皇帝専属の預言者、トヨと申します。」と言った。
東三条さんはおもむろに私が呼ばれた理由を説明する。
「我が君は汝がそのカムナリキをもって翼竜を倒したと聞き及び、もしや汝が異界からやって来た者ではないかと思われている。」
「仰る通り、私は日ノ本という所から、桜の木の精霊の導きによりこの尽世に来ました。」
私がそういうと、おぉ、何と、日ノ本じゃと、と周りがざわめき始めた。
すぐさま生田は私に怒鳴った。
「以前オババ様を呼んで異界人を探しておる旨を伝えたが、そのような者は知らぬと言いおった。嘘をついたのか!」
「いいえ。私はその時、まだこの世に来たすぐで、体が衰弱しており、記憶を失っていました。でも、オババ様とカムナリキの修行をするうちに記憶が戻ってきたのです。」
私はオババ様と伊月さんと打ち合わせたとおりに言う。
「亜の国主よ。那美様が誠に異界から来られた巫女ならば、そのような態度、許されぬぞ。それに、あれほど皇帝からの調査要請があったのに、その時たった一度、オババ様に確認しただけだったのか?」
東三条さんが生田を諌める。
「す、すみませぬ。」
苛立つ生田をよそに、トヨさんは大きな球体の石を持って来て私の目の前に座った。
「この玉を触って頂けませぬか?」
私は言われるまま、そっと石に触れてみた。
その瞬間、石が七色に光り始め、その光が窓を突き抜け外に漏れた。
また周りが、「おおおおー」と、騒ぎ始めた。
トヨさんはニッコリ笑って元の席に戻り、言う。
「紛れもなき、異界の巫女様にございます!」
その瞬間、皆は歓声を上げたが、生田だけは面白くなさそうな表情をした。
東三条さんが皆を鎮めると、皆によく聞こえるように、でも生田をしっかり見据えて言う。
「那美様はこのタマチ帝国の始祖と同じ世界から来られた。いわば始皇帝の御子孫と言っても過言ではない。」
生田はいかにも面白くなさそうだ。
「私は那美様とトヨと折り入って話したいことがある。人払いをせよ。」
「は。」
生田は嫌そうな表情を微塵も隠さずに私を睨みつけながら側近に言う 。
「皆の者、席を外せ。」
生田自らも席を立ち、奥の襖から家臣をぞろぞろと引き連れて出ていった。
皆がいなくなると東三条さんもトヨさんも私の近くまで来て平伏した。
「あ、あの、やめて下さい。頭を上げて下さい。」
「那美様、どうか帝国をお助け下さい。」
「助けるってどうやって…」
「政に助言願いたいのです。帝国の力は衰えるばかりで、帝国を守るはずの各国の国主達は自分たちの領地を増やすための争いばかりおこして皇帝を顧みません。そのせいで戦ばかりが増え、田畑は痩せ、自然は害され、治安が悪くなり、世の中は乱れに乱れております。那美様の異界の知識と経験をもって、どうか皇帝の相談役となって頂きたいのです。」
「相談役ですか? 私で良ければやります。」
「誠ですか!」
「でも条件が一つ。」
「何でございましょう。」
「都に行かず、タカオ山で暮らしたいのです。私は手習い所で教えたり、カムナリキの研究をしながら、新しい技術を開発したりしています。オババ様のもとでしかできないことです。」
「しかし都からタカオ山までは早馬で2、3日、早馬を走らせても丸1日かかります。歩けば3、4日の距離ですよ。」
「急用の時はオババ様のお知り合いの八咫烏さんに伝令を頼んでもいいと言っていました。」
「八咫烏様がお味方して下さるのか!?」
オババ様が言っていた。
八咫烏さんは都とタカオ山を一刻で移動できるって。
どんだけ速いんだろう!
「しかし生田の近くにいればお命狙われるかもしれませんぞ。」
「東三条様...」
それまで見守っていたトヨさんが口を開いた。
「那美様は私達の想像を遥かに超えるほどのカムナリキをお持ちのようです。生田のことはそこまで心配なさらずとも良いかと。それにオババ様がついておられるのです。都よりはよほど安全かもしれません。」
「そうか?」
「はい。生田など、那美様の手にかかれば、ひとひねり…」
―― なんか、私のキャラがどんどん危険な方にいっているような…
「そうか。では、那美様、貴族の位と皇帝の相談役という役をお受け取り下さいますか?」
「貴族の位もですか?」
「はい、やはり相談役となられる方はそれなりの身分でなければなりません。」
「そ、そうですよね。わかりました。お受けします。」
「ありがとうございます!」
東三条さんとトヨさんはまた平伏した。
「那美様、実際の相談役の責務はタカオ山においてしていただくとして、贈位の儀と皇帝への挨拶のため、都に何日か逗留して頂けますか?」
「それはもちろん、喜んで。」
都に皇帝に会いに行くように言われるだろうということはオババ様も伊月さんも予想していて、了承するようにと言われた。
「都までの道中、護衛の者が要ります。亜か伊の国に信のおける武士はおりますか?」
この質問もオババ様と伊月さんの予想内で、私は予定通り伊月さんを指名する。
「それでは、亜国の共舘様にお願いしたいです。」
「分かりました。私の方からそのようにするよう、生田に命じます。」
「ありがとうございます。」
こうやって、私の尽世で初めての旅行計画が決定した。
面会を終えて城門の外に出ると、約束通り、伊月さんが待っててくれた。
伊月さんの姿が見えたのが嬉しくて思わず小走りになる。
「お待たせしました。」
伊月さんの後ろには源次郎さんが控えていた。
「あ、源次郎さん、お久しぶりです。」
「那美様、お久しぶりです。武術大会以来ですね。」
私達は3人で並んで歩き出した。
「首尾よく行ったか?」
「オババ様と伊月さんが言った通りになりました。皇帝にご挨拶するために都に行くことになりました。」
「そうか。しっかり那美どのを護衛せねばな。」
「ただでさえ忙しい時に本当に一緒に都に来てもらって良いんですか?」
「ああ。久しぶりに亜国の領地から出られるのは嬉しい。」
―― そっか、伊月さんは、普通の人以上に行動を制限されてるんだ。
「さて、さっきから源次郎も腹が減ったとうるさいし、何か食べてから帰るか。」
「わーい!」
私達は城下町へと繰り出した。
金色に輝く天井、豪華な襖絵、色とりどりの装飾品。
それなのに、あまり綺麗だと思わなかった。
どことなく品のなさや、手入れの行き届いてなさを感じる。
私は案内人に通されて、控え室で亜の国主と帝国の使者にお目通りできるのを待っている。
隣室も客人用の控え室らしく、男の人達の声が聞こえる。
「生田様は共舘どのを、まこと目の敵にされておる。」
「ああ。よほど脅威に感じておられるのだろう。生田様がずっと放ったらかしにしていた拐かし事件も共舘どのが捜査を初めて2週間で解決なさった。」
―― あ、伊月さんのことだ!
私は思わず聞き耳を立てた。
「しかし、やりすぎではないか。小競り合いや魔獣討伐、さらには拐かし事件など、領地の手に入らぬ厄介ごとばかり任されるわりに、報酬も譜代の家臣の三分の一と聞く。」
「だが、共舘どのも清廉潔白とは言えまい。裏で色々と悪い噂も絶えぬ。」
「確かに。戦場で身寄りのない女人を手籠めにしたとも聞いた。」
「何と野蛮な!」
―― 伊月さんは絶対にそんなことしないのに!
「それに生田様から扶持をそんなにもらっていないのに、武術大会を開いたり、若い衆を沢山雇い入れたり、やけに金があるようだ。」
「どこからそんな金を?」
―― そ、そういえば。それは私もちょっと気になるかも…
「倹約家という噂は聞いたことがあるぞ。草の根や捕まえた魔獣を食べるそうだ。」
「何と魔獣を? 穢らわしい!」
―― 伊月さんの台所事情を知ってるけどそんなの食べてるところ一度も見てない!
「草の根や魔獣を食べてでも、生田様には絶対服従らしいな。扶持の交渉もせず、言われたお役目には必ず従われる。」
「やはり幼い時から人質生活ゆえ、飼いならされた犬のようにお育ちではないのか。」
―― なんて言い方....
私は悔しくて拳を握りしめる。
オババ様も伊月さんには政敵が多いと言っていた。
何か悪いことを聞いてもいちいち気を害せぬようにって言い含められた。
―― それにしても酷いよ!
伊月さんも色々な噂を立てられているのに「人は物語を作るのが好きなんだ」って気にも止めてないし。
―― そうだ、物語っていう手がある!
私はあることを思いついたが、そこに、案内人がやって来た。
―――
「タカオ山のカムナ巫女、那美でございます。」
私は通された部屋でお辞儀をする。
「面を上げよ。」
頭を上げると、上座に座っている人が、「皇帝の勅使、東三条輝明と申す。」といい、その横にいる人が「亜の国主、生田良和だ。」と言う。
勅使の東三条さんが横にいる人に目配せをすると、その人は「皇帝専属の預言者、トヨと申します。」と言った。
東三条さんはおもむろに私が呼ばれた理由を説明する。
「我が君は汝がそのカムナリキをもって翼竜を倒したと聞き及び、もしや汝が異界からやって来た者ではないかと思われている。」
「仰る通り、私は日ノ本という所から、桜の木の精霊の導きによりこの尽世に来ました。」
私がそういうと、おぉ、何と、日ノ本じゃと、と周りがざわめき始めた。
すぐさま生田は私に怒鳴った。
「以前オババ様を呼んで異界人を探しておる旨を伝えたが、そのような者は知らぬと言いおった。嘘をついたのか!」
「いいえ。私はその時、まだこの世に来たすぐで、体が衰弱しており、記憶を失っていました。でも、オババ様とカムナリキの修行をするうちに記憶が戻ってきたのです。」
私はオババ様と伊月さんと打ち合わせたとおりに言う。
「亜の国主よ。那美様が誠に異界から来られた巫女ならば、そのような態度、許されぬぞ。それに、あれほど皇帝からの調査要請があったのに、その時たった一度、オババ様に確認しただけだったのか?」
東三条さんが生田を諌める。
「す、すみませぬ。」
苛立つ生田をよそに、トヨさんは大きな球体の石を持って来て私の目の前に座った。
「この玉を触って頂けませぬか?」
私は言われるまま、そっと石に触れてみた。
その瞬間、石が七色に光り始め、その光が窓を突き抜け外に漏れた。
また周りが、「おおおおー」と、騒ぎ始めた。
トヨさんはニッコリ笑って元の席に戻り、言う。
「紛れもなき、異界の巫女様にございます!」
その瞬間、皆は歓声を上げたが、生田だけは面白くなさそうな表情をした。
東三条さんが皆を鎮めると、皆によく聞こえるように、でも生田をしっかり見据えて言う。
「那美様はこのタマチ帝国の始祖と同じ世界から来られた。いわば始皇帝の御子孫と言っても過言ではない。」
生田はいかにも面白くなさそうだ。
「私は那美様とトヨと折り入って話したいことがある。人払いをせよ。」
「は。」
生田は嫌そうな表情を微塵も隠さずに私を睨みつけながら側近に言う 。
「皆の者、席を外せ。」
生田自らも席を立ち、奥の襖から家臣をぞろぞろと引き連れて出ていった。
皆がいなくなると東三条さんもトヨさんも私の近くまで来て平伏した。
「あ、あの、やめて下さい。頭を上げて下さい。」
「那美様、どうか帝国をお助け下さい。」
「助けるってどうやって…」
「政に助言願いたいのです。帝国の力は衰えるばかりで、帝国を守るはずの各国の国主達は自分たちの領地を増やすための争いばかりおこして皇帝を顧みません。そのせいで戦ばかりが増え、田畑は痩せ、自然は害され、治安が悪くなり、世の中は乱れに乱れております。那美様の異界の知識と経験をもって、どうか皇帝の相談役となって頂きたいのです。」
「相談役ですか? 私で良ければやります。」
「誠ですか!」
「でも条件が一つ。」
「何でございましょう。」
「都に行かず、タカオ山で暮らしたいのです。私は手習い所で教えたり、カムナリキの研究をしながら、新しい技術を開発したりしています。オババ様のもとでしかできないことです。」
「しかし都からタカオ山までは早馬で2、3日、早馬を走らせても丸1日かかります。歩けば3、4日の距離ですよ。」
「急用の時はオババ様のお知り合いの八咫烏さんに伝令を頼んでもいいと言っていました。」
「八咫烏様がお味方して下さるのか!?」
オババ様が言っていた。
八咫烏さんは都とタカオ山を一刻で移動できるって。
どんだけ速いんだろう!
「しかし生田の近くにいればお命狙われるかもしれませんぞ。」
「東三条様...」
それまで見守っていたトヨさんが口を開いた。
「那美様は私達の想像を遥かに超えるほどのカムナリキをお持ちのようです。生田のことはそこまで心配なさらずとも良いかと。それにオババ様がついておられるのです。都よりはよほど安全かもしれません。」
「そうか?」
「はい。生田など、那美様の手にかかれば、ひとひねり…」
―― なんか、私のキャラがどんどん危険な方にいっているような…
「そうか。では、那美様、貴族の位と皇帝の相談役という役をお受け取り下さいますか?」
「貴族の位もですか?」
「はい、やはり相談役となられる方はそれなりの身分でなければなりません。」
「そ、そうですよね。わかりました。お受けします。」
「ありがとうございます!」
東三条さんとトヨさんはまた平伏した。
「那美様、実際の相談役の責務はタカオ山においてしていただくとして、贈位の儀と皇帝への挨拶のため、都に何日か逗留して頂けますか?」
「それはもちろん、喜んで。」
都に皇帝に会いに行くように言われるだろうということはオババ様も伊月さんも予想していて、了承するようにと言われた。
「都までの道中、護衛の者が要ります。亜か伊の国に信のおける武士はおりますか?」
この質問もオババ様と伊月さんの予想内で、私は予定通り伊月さんを指名する。
「それでは、亜国の共舘様にお願いしたいです。」
「分かりました。私の方からそのようにするよう、生田に命じます。」
「ありがとうございます。」
こうやって、私の尽世で初めての旅行計画が決定した。
面会を終えて城門の外に出ると、約束通り、伊月さんが待っててくれた。
伊月さんの姿が見えたのが嬉しくて思わず小走りになる。
「お待たせしました。」
伊月さんの後ろには源次郎さんが控えていた。
「あ、源次郎さん、お久しぶりです。」
「那美様、お久しぶりです。武術大会以来ですね。」
私達は3人で並んで歩き出した。
「首尾よく行ったか?」
「オババ様と伊月さんが言った通りになりました。皇帝にご挨拶するために都に行くことになりました。」
「そうか。しっかり那美どのを護衛せねばな。」
「ただでさえ忙しい時に本当に一緒に都に来てもらって良いんですか?」
「ああ。久しぶりに亜国の領地から出られるのは嬉しい。」
―― そっか、伊月さんは、普通の人以上に行動を制限されてるんだ。
「さて、さっきから源次郎も腹が減ったとうるさいし、何か食べてから帰るか。」
「わーい!」
私達は城下町へと繰り出した。