目が慣れて、暗闇の中にある輪郭達がより濃くなる前に、布団に潜り込んだ。

これが夏だったのなら、シーツに顔を埋めるだけでも五分と我慢出来なかっただろうけれど、今は真冬。

寒さを凌げるという面でも、羽毛布団と毛布の間に埋もれていられる。


どれくらい、そうしていただろう。

眠気はどこにもなかったはずなのに、気付いたら意識を放り投げるように眠っていた。


夢を見ていたような気がする。

ぼんやりと、幼い頃のわたしと葵衣があの場所に立っている夢だった。


杉の木の下で、約束を交わした。

思い出してはいけないことのように思えて、瞼の裏にあの頃のわたしと葵衣が映る前に、目を開ける。


布団の僅かな隙間から漏れる光に触れてみたかった。

けれど、指先を動かす力も入らずに、顔を背ける。


冬の夜明けほど、綺麗に煌めく朝はないと思う。

鈍色の空を押し退けて控え目に顔を覗かせた朝日は、瞬きの間に堂々と胸を張るのだ。

背中を丸めて、怯えてばかりのわたしには、それが羨ましい。


布団から這い出て、無理にでもカーテンを開け外の空気を取り入れてしまえば、朝日から逃れて鈍色に染まり続けるわたしも輝けるのだろうか。

けれどそれは、きっと眩いほどの鈍色を重ねるのだろう。


物言わぬ鉄の塊と化した携帯をずっと手のひらに触れさせている。

眠っている間も、風が窓を打つたびに意識を引き戻していた。


だって、葵衣は誕生日に休みを取っていると言った。

普通は自分の誕生日を指すのだろうけれど、昨日は仕事があって、本当に帰って来られなかったのかもしれない。

連絡も出来ないほどか、と流されていればいいのに逆らって浮上する疑問を押し込めて、祈るように携帯を握った。

この行為にも、祈りにも、意味はないと知りながら。


温もりの中でまた眠ってしまっていたらしい。

インターホンの音に目を覚ますけれど、一回で途切れてしまい、確認をしにいくよりももう一度鳴るのを待つ。

いつまで経っても、もう一度は訪れず、風の音ならまだしもインターホンの音は聞き間違えようがない。

たっぷりと時間を置いて、もう痕跡も残っていないとわかっていながら、ベッドから抜け出し廊下に出る。


廊下に設置してあるモニターを見てみると、インターホンが鳴ってから既に十分以上が経っていて、一回切りのそれを確かめる術もない。

エントランスに確かめに行くのも面倒で、どうしようかと迷っていると、玄関のドアがノックされた。

外部の人ならここまで入ってこられないはず。

怪訝に思いながらドアスコープを覗くと、仏頂面の日菜と、その後ろには顔を俯ける慶の姿が見えた。


今なら、居留守を使うことが出来る。

この場で携帯を鳴らされたって、外までは聞こえないし、そもそも電源を切っているから物音さえ立てなければ留守で通るだろう。


そこにいるのが、よく知った幼馴染みだとわかっていて避けようとしているのだから、やましいことがあると認めているようなものだ。

会いたくない。

かけられる言葉が、誕生日のお祝いを含むのだとしても、きっとそれだけではないから。


日菜がどんな気持ちでそこにいるのか。

慶がどんな想いでここへ来たのか。


ふたりの顔を見て、わからない、とは言えない。


ノックと家のドアホンが交互に鳴る。

追い詰められるような恐怖を感じるフリをしようとしたけれど、その音に対する怯えは湧かない。

音への不快感も身を潜めている。


驚くくらい、穏やかな気持ちだった。

外の世界のものをすべて拒絶して、自分だけの殻に篭っているような、高揚感が微かに胸に灯る。


玄関に裸足で立ったまま、足裏から徐々に体温が低下していく。

ドア一枚を隔てた向こう側のふたりに背中を向けた。