◇
週明けの朝、橋田くんとはいつも通りの様子で挨拶をしたし、相変わらず席が隣同士なこともあり、授業中に必要な会話もした。
けれど、他愛のない話だとか、そういったものがひとつもない。
わたしから話を振ることはなくて、いつも橋田くんが話しかけてきてくれていたことを、今更痛感する。
午前の授業が終わった時点で疲れ切ってしまい、こんな状態が金曜日まで続くことが憂鬱でしかない。
机に伏して顔だけを上げていると、日菜がお弁当袋を抱えて寄ってくる。
「花奏、ご飯食べよう」
「あー……うん」
前の席の椅子を借りる日菜を前に、隣の席を横目にちらりと一瞬見るけれど、橋田くんはいない。
「もしかして橋田と食べるところだった?」
「ううん、どこ行ったかわかんないし」
そもそも、橋田くんとお昼休みを過ごすことはない。
日菜が広げたお弁当の前に、今朝コンビニで買ったパンと紅茶のペットボトルを置くと驚いた顔をされる。
「珍しいね。もうずっとお弁当作ってたのに」
日菜の言う通り、高校に入ってからは自分でお弁当を作っていた。
友紀さんや葵衣とは時間が合わないから詰め合わせはしないけれど、余り物を皿において仕舞っておくと、次に冷蔵庫を開けるときには無くなっている。
面倒なときは冷凍食品オンリーだったり、火を使わずに済む簡単なもので済ませたりするけれど、ここ数ヶ月は必ず一手間を入れるようにしていた。
「……何かあったの?」
さすが、目敏いというか、過敏になりすぎているというか、声を潜めて聞かれ、返答に詰まる。
何かありました、と言外に伝えてしまっていることに気付いても、取って付ける言い訳も浮かばない。
せっかく日菜を安心させてあげられたのに、また不安にするわけにはいかない。
何より、葵衣を引き合いに出されたら、わたしは日菜に何も言えない。
「葵衣じゃないよね?」
橋田くんではなく、まず葵衣に関連するかを聞く辺り、日菜も安心し切っていたわけではないのだろう。
日菜だって、その話をされてわたしが居心地を悪くすることくらいわかっているはずだ。
それでも尻込みせず、真正面から向かってくる。
日菜の目と言葉に射竦められるのがこわくて、目を逸らしてしまうばかりではいけない。
幼馴染みで、大切な友人なのに、探り合いなんてしたくない。
「帰りに、話してもいい?」
どうせ傷付けてしまうのなら、苦しませてしまうのなら、自らの手を使うべきだ。
言葉の槍や心無い態度は、与えた痛みの大きさを知るには事足りない。
「……全部、話してね」
机の上に置いていた手に、日菜の手が重ねられる。
逃がさない、という意思ではなくて、全てを受け入れてくれるような優しさが伝わってきた。
それがわたしの気のせいでも偽りでもないことを願い、一度大きく頷いた。