その日を境に、葵衣は露骨にわたしを避けるようになった。

すれ違うことすら少ない日々は、長い夏が終わり短い秋を足踏みして過ごす間に、冬の気配が周りを包み始める頃まで続いた。


変わったことといえば、夏前に日菜がわたしに泣きついて謝ってきたことくらいだ。

葵衣の次に連絡をしたのは、日菜だったから。

ふたりの関係が今も続いているのかはわからない。

葵衣に関することは何も聞きたくなくて、以前のように、とまではいかなくても普通に話をして登下校を共にするように戻った日菜も話したがらない。


わたしが橋田くんと付き合い始めたことを、当たり前だけれど、日菜は喜ばなかった。

日菜が望んだ形でしょう、と言ってしまいたかったけれど、望ませてしまったのはわたしだとわかっていたから、泣いて謝る日菜を抱き締めたあの日以来、橋田くんの話にはお互いに触れずにいる。


『 本当にいいの? 』と涙声の日菜に問われたとき、最後の決断をした。

慶には散々文句を言われて、葵衣にも話をしにいったみたいだけれど、帰っきたときのいじけたような苦い顔を思い出すと、何も聞かされずに追い返されたのだと思う。


日菜には橋田くんの話を一切していないけれど、特に周りに隠すことはせずに交際を続けているから、クラスメイトも含めて、見て聞いて知っているはず。

デートと称して橋田くんとふたりで帰る日が週に一度はあって、その日が金曜日に固定されるようになってから、日菜は何も言わずに先に帰ってくれる。


あの日を思い出したのは、五ヶ月記念だからと橋田くんがプレゼントをくれたから。

よく寄る公園のベンチで肩を触れ合わせ、学校を出たときからずっとそわそわしていた橋田くんに包装された手のひらサイズの箱を渡されて、開いてみると小さなリボンがついたバレッタが出てきた。

最近髪を伸ばしているのは、切るのならバッサリ切りたいけれど、散髪は夏前に合わせたいから冬の間は放っておこうという、適当な理由なのだけれど。


バレッタの名前だけはわかるけれど、使ったことは一度もなくて、手のひらに乗せてじっと眺めていると、橋田くんがわたしの横顔を見ていることに気付く。


「なに?」

「ん? ああ、えっと……どうかな、って」

「可愛い。ありがとう」


もう五ヶ月も経つのに、橋田くんはわたしに対してどうにも消極的で控え目なところがある。

気が強い、という印象がついてしまっていても仕方のないことをしてきたけれど、そろそろ慣れてくれてもいいのではないかな、と思う。

橋田くんに限らず人の気持ちを汲むのは難しいことだから、今考えていることくらいは遠慮なく口にしてほしい。


「ね、橋田くん」

「なに? 真野さ……違った。花奏……ちゃん」


先月辺りから、橋田くんはわたしのことを名前で呼ぼうとする。

いいかと聞かれたから、いいよと答えただけで、わたしが強要しているわけではない。

呼び捨てでもいいのになあ、と零したことがあって、頑張ってくれていたけれど、気付いたらちゃん付けに戻っていた。


「来週の土曜、どこかに行かない?」

「来週……? ごめん、来週はちょっと用があって」

「そっかあ……明日は急だし、再来週はわたしが用事があるんだよね」


わたしと葵衣の誕生日に出張が重なってしまった友紀さんが、前倒しで旅行に連れて行ってくれるというから、それは外せない。

かなり前から決めていたことのようで、葵衣にも休みを取るように言ってあるらしい。

正直、葵衣がいるのなら行きたくないというのが本音だけれど、友紀さんとの旅行は純粋に楽しみだから、あまり深く考えずにいようと思う。


「俺は明日でも全然いいよ」

「え……」

「い、いやっ!ごめん、今度にしようか? クリスマス前後にでも会えたら嬉しいかな」


わたしが返答に詰まると、橋田くんは慌てて両手を振る。

ひとりでわたわたとしている橋田くんを横目に、つい考え込んでしまう。


遠慮しがちだとか、消極的だとか橋田くんに対して思っていながら、わたしも言葉足らずなことが多い。

今度にしよう、ってはっきり言い切らなかったことを逆手に取って、橋田くんの逃げ場を塞ぐ。


「明日にしよっか」

「……いいの?」

「よくないの?」

「ううん。めっちゃ楽しみ。嬉しい……やばい」


にやけて歪んだ橋田くんの顔をじいっと見返していると、照れたように反らされる。

考えていることはあまり口にしてくれないけれど、思っていることは割と言ってくれる。

本当に嬉しそうに笑うから、実はあまり楽しみでない気持ちの自分が申し訳なくなって、手のひらのバレッタを軽く握る。


「駅に集合でいい? 学校でもいいけど」

「それ、どっちも橋田くんが遠くなるよ」

「うん。でも、俺が花奏ちゃんを迎えに来たいから……ダメ?」


小首を傾げる仕草は狙ってそうしているわけではないようで、つられるように頷いていた。