次に目を覚ましたのは、明け方のような肌寒さはすっかり身を潜めた真昼間。
カーテン越しにもその凶悪さがわかるほど、今日はタチの悪い天気らしい。
除湿にしておいたおかげで蒸し暑さはないけれど、部屋の温度自体が相当高いようで、汗で背中に張り付いた布地さえ熱く感じるほど。
「あっつ……」
思わず声に出して、その音の低さに驚いた。
網目状のフィルターを何枚も重ねて出たような声。
幾分か楽になった身体を起こし、水を口に含んでも、すっと頭が軽くなっただけで声は変わらない。
頭痛も身体の怠さも、だいぶ良くなっている。
適当に持ってきた菓子パンの類いをゆっくりと食べながら、携帯を開く余裕まである。
昨夜からずっと開いていなかったからか、色んなアプリやサービスの通知がずらりと並んでいて、一度全てを消去した。
いつも使うメッセージ機能を開くと、友紀さんからのメッセージが一時間前に届いている。
眠ったら落ち着いたので、午後も様子を見るという旨を送信すると、すぐに返信が来た。
返事は不要と付け足されていたから、メッセージの一覧に戻して、さっきちらっと見かけた慶の名前を押す。
【 葵衣にすげえ怒られた】
【 明日は一日休みらしいから、葵衣とちゃんと話せよ 】
昨日、日付が変わる少し前に送られてきていた。
何を返したらいいのかわからずに、携帯をベッドの上に伏せる。
眠っている間は気付かなかっただけかもしれないけれど、壁を一枚隔てた隣の部屋からは物音ひとつしない。
夜が遅かったならまだしも、昨夜どこにも出かけていないのなら、この時間には起きているはず。
無意味だとわかっていながら、ベッドの際に身を寄せて片耳を壁に押し当てる。
眠っているのなら、流石に寝息は聞こえないだろう。
動けないほど悪化していたら葵衣の手を煩わせることになったのかもしれないけれど、幸い今朝よりも体調は良くなっている。
油断はせずに、今度こそきちんと風邪薬の錠剤を三粒、喉奥に押しやる。
ぬるい水が喉を伝っていく感覚が気持ち悪くて、ペットボトルを大きく仰ぐと、予想以上の量が口に入って来た。
何とか飲み込みはしたけれど、思い切り噎せてしまって、自分で聞いていながら喉が心配になるような音を立てる。
隣の部屋に聞こえてしまわないように、畳んで置いてあるタオルを口元に押し当て、鼻で大きく息を吸い込んでも、上手く肺まで到達出来ずに咳込みが激しくなる。
息が出来ないほどではないけれど、長く続く咳の合間に、はあ、と息をついたのも束の間、部屋のドアがノックされた。
「え……」
聞き間違いと信じて無視を決め込むと、控え目にもう一度叩かれる。
止めようとしたって止まらなかったくせに、驚きに息を潜めた途端、咳は治まった。
またノックされて、それでも返事をせずにいると、やや乱暴にドアが開けられる。
「花奏!」
「は、はいっ……?」
稀にしか見ない、というかここ数年見たことのない、葵衣の焦った顔。
叫ぶように名前を呼ばれて、持っていたタオルを落としてしまう。
「……はあ?」
ドアノブを掴んだまま前のめりに上半身だけを部屋に侵入させた葵衣が、焦りを一変させて訝しげに眉を顰める。
「起きてるんなら返事くらいしろ、この馬鹿!」
「ば、馬鹿って……早とちりしたのはそっちでしょ」
多分、突然咳が途絶えて返事もないから慌てたんだってことにはすぐに行き着いたけれど、ごめんとか大丈夫の一言が出てこない。
それどころか、余計なことまで言ってしまった。
何が早とちりだ。させたのはわたしなのに。