舌打ちひとつに傷付くわたしがいる。
あちこちから血や涙を流して、葵衣に向かって手を伸ばすわたしがいる。
本当のことを全部話して、たとえ信じてもらえなくたって日菜のことも橋田くんのことも、すべてを説明したがるわたしがいる。
せめぎ合って顔を出したがるわたしを全部殺した。
届いて、届かないで。
この手と声と想いが葵衣の方へ行こうとするから、わたし自身が腕を広げて通せん坊をする。
気付けば、葵衣達三人に背中を向けて、駆け出していた。
雨に濡れるのも厭わずに、冷えた身体から更に熱が奪われていくのも構わずに。
エレベーターを待つ間に葵衣か慶のどちらかが追い付くのではないかと思ったけれど、乗り込んだ後のドアが閉まる瞬間に、マンション入口の階段を駆け上がるふたりの姿が見えた。
一瞬、ほんの一瞬だったけれど。
葵衣。
苦しげに顔を歪めたりなんてしないで。
わたしが葵衣を苦しめていることを、わたしに知らしめないで。
届かなくていい。
葵衣のその表情の意味を、わたしは知りたくない。