廊下に水滴を残しながら、六階の一番端のドアに鍵を差し込むけれど、なぜかロックはかかっていなかった。

オートロックはマンションの入口だけだ。

今朝きちんと鍵を閉めたことは確認してあるし、家が無人になることはこの時間はないから心配はいらないけれど、開いているということは、もしかしたら葵衣が出かけようとしていたのかもしれない。


「悪いことしちゃったかな」


今日わたしの持っていた、紺色の傘は葵衣のものだ。

確か、葵衣は今日一日休みのはずで、だから傘を借りたのだけれど、一言声をかけるべきだった。


玄関に入ると、靴箱から葵衣の靴が出ていた。

突き当たりのリビングの電気は消えていて、葵衣の部屋の足元の隙間からも明かりは漏れていない。

まだ家の中にいるはずで、どこかの部屋から出てくるだろうと待っていても、物音ひとつ聞こえない。


傘がないことに気付いて、部屋に引き返して眠っているのかもしれない。

それにしたって、鍵くらいはかけ直していてほしいところだ。


玄関に置いてあるタオルを廊下に広げて、その上に荷物を置く。

全身びしょ濡れの状態で上がるわけにはいかず、ぐっしょりと湿って変色し、重くなったシャツとスカートを玄関のタイルに落とす。

キャミソールと下着まで冷たく肌に貼り付いて、一緒に脱いでしまおうとしたときだった。


「花奏」


光が灯っているかどうか、玄関からでは見通せない位置から葵衣が出てきたのは。


「っ、あおい……」


咄嗟にしゃがんでシャツを拾おうとしたけれど、上手く掴めない。

なけなしの判断力を絞り出してその場にぺたりと座り込む。

花奏、とわたしの名前を呼んだ葵衣自身も驚いて立ち尽くしている。

視線が交わり合っていたって、人の視野はそこそこ広い。

見えているものがわたしの目や顔だけではないことくらいわかる。


キャミソールの裾を太ももまで引っ張ると、今度は胸元が大きく開いてしまう。

どちらを庇うべきなのかわからなくて、深く俯いて体を抱きしめていると、足音がこちらに向かってきた。


意味がわからない。

今は一旦リビングに向かってほしいのに、どうして。

こんな姿、たとえ兄妹であっても見せたくない。