小指を結ばれるどころか、手枷や足枷で繋がれたわたしと葵衣は、お互いに痛みを与えなければ抱きしめ合うこともできない。

触れ合うことができたって、その先が無いことを思うと、身を潜めかけた現実が再び伸し掛ってきた。


『来世』という二文字にどこか既知感を覚えながらも、冷静になった頭で考えるのはいなくなった葵衣と日菜のこと。

たぶん、外に出て行ったのだろうけれど、その行き先に心当たりはない。


「そういえば、慶はどうして下に降りてきたの?」


ふたりが去って行ったあと、わたしがひとりでエントランスにいるタイミングでたまたま用があって降りてきたわけではないだろう。

慶の家は階が違うし、わたしと葵衣が出かけることを知っていたというのもありえない。


「葵衣からメッセージが届いたんだよ。下に花奏がいるから頼むって。日菜との電話で頭の中がこんがらがってたから来るのが遅くなったけど」


さっき、葵衣と日菜がいなくなっていることに気付いてから慶が来るまでの僅かな時間が一番長く感じた。

妹が地べたに膝を着いて顔を上げることさえできずにいるのに置いて行くのかと、都合よく双子であることを引き合いに出して、理由はどうあれ日菜を選んだ葵衣が許せなかった。


けれど、葵衣は慶に連絡をしてくれていたのだ。

日菜と自分以外の、わたしを任せられる唯一の人に。


「今日は帰ろう。不安なら、俺が一緒にいてやる」

「大丈夫。葵衣のこと、ちゃんと家で待つ」

「そっか。じゃあ俺も日菜の連絡を待つよ」


本当は慶も日菜を探しに行きたいはずなのに、一緒にエレベーターに乗り込む。

ふたつ並んで灯る停止階のランプの片方が消え、エレベーターのドアが開く。

わたしが先に降りなきゃいけないとわかっていながらもなかなか足が前に出ない。


「葵衣を待つんだろ?」


とん、と背中を押されて、弾みでわたしだけがエレベーターを降りる。

箱の中に残された慶は閉じていくドアの隙間からわたしを安心させるように笑って手を振っていたけれど、閉じ切る間際、咄嗟に片手に覆われた顔が泣きそうに歪んでいたのを見逃さなかった。


せめてドアが閉じ切るまで我慢してよ。

慶なら大丈夫だって、本当はそんなことないってわかっているけれど、嘘でもいいから安心させてよ。


きっと、鳴りはしない携帯を握り締めてひとり涙を流す慶の姿を想像して、込み上げて来るものを飲み込む。

ろくに力の入らない足に鞭打って家のドア前まで歩く。

挿した鍵を回す手にも力が入らなくて、血色の悪い右手に左手を添える形で鍵を開けた。