葵衣への想いを、たとえば口にするときに、恋と呼んではいけないと思っていた。


この世に綺麗なだけの恋がないことは知ってる。

泥に汚れたものから、歪に形を成したもの、きな臭さを纏うものまで、様々な恋があることを。

その中には、わたしのように血の繋がりがある人に惹かれる形だってきっとある。


世界は広くて、周りを見渡して目を凝らせば、それらは案外身近に見えてくるのだろうけれど。

わたしがもがいて足掻いて必死で息をする、半径一メートルに留まるような狭い世界では、ありふれた恋からあぶれた異端なモノになってしまう。


隠し通せ。

絶対に告げるな、見つかるな。


誰かに強要されるような響きが、夢に見るほど耳にこびりついて離れない。


背徳感や罪悪感にどれほど押しつぶされそうになったか。

この恋心を壊すためなら、死んでしまっても構わないと思うほど、苦しかった。


「ずっと好きなやつはいないって言ってたのに、ちゃんといるんじゃん」

「……何言ってるの。兄妹なんだよ、わたし達」

「だから兄妹とか双子って言われるの嫌だったのか」

「そうだよ。わたし、ずっと葵衣だけを見てた」


こんなにもはっきりと、誰かに胸を張って言い切れる日が来るとは思っていなかった。

何も解決していないし、家に帰れば葵衣が日菜と付き合い始めたことが頭の中を巡ってまた泣くのだろうけれど。

他の誰でもない、慶が認めてくれた。

日菜にさえ否定された想いを、恋だと言ってくれた。


それでも。


「……ごめん、慶」


わたしは、葵衣に伝えることが出来ない。

胸に秘めておくはずだった決意を明かすと、慶は唇を引き結んで『それでいいのか』と言った。

それがいい、と答えると、なぜかわたしよりも苦しげに笑って立ち上がる。


誰も通りかからなかったとはいえ、マンションのエントランスにずっとしゃがんでいたことが今更恥ずかしくなって、思わず監視カメラの辺りを横目で見遣る。


「花奏、手出せ」

「手?」


はい、と慶に手を差し出してから、右手の甲が痛々しく腫れて血がこびりついていることに気が付く。


「いたい」

「だろうな。自業自得」

「失血死してもいいと思ったのにな……」


改めて見ると、想像していたよりもずっと小さな傷だった。

わたしの丸い爪で抉ったにしては、上出来だ。


傷の具合を診てくれていた慶はわたしの呟きにこれでもかというほど深く眉根を寄せる。


「本気で言ってるなら葵衣に告白してからにしろよ」

「……来世まで持っていくよ」


今度は双子にしないでくださいって神さまに頼もう。

年の差があってもいい、同性であってもいい。

葵衣がわたしを忘れていても、わたしが葵衣を忘れていてもいい。


来世は双子という誰よりも近しい存在になりませんように、って額を地べたに擦り付けてでも神さまにお願いをする。