半ば突き飛ばされるように慶から離れたわたしは、よろめいて壁に寄り掛かる。
慶の顔を見ることができない。
だって、わたしに隠しもせず、泣いてる。
「なんで、葵衣なんだよ」
関係ないと言ったくせに、わたしの好きな人が “ 葵衣 ” であることを責めないで。
大声を上げてそう言い返したかったけれど、言えなかった。
「わたしだって」
代わりに口から漏れたのは、ほとんど泣き言に近い叫び。
「葵衣以外じゃなきゃダメだってわかってる」
だから、あと二年という決意をした。
葵衣に触れたい。触れられたい。
そんな欲求を抑え込みながら、行く果てに明るい未来などないことを知っていて、それでも残りの時間を葵衣のそばで過ごすと決めた。
日菜を巻き込んだことも慶を泣かせたことも、わたしが望んでいたわけではないけれど、可能性としては頭の隅にあった。
あと二年。
短くて、長い期間をわたしのためのものにしようと思ったことさえ間違いだったというのなら。
大切な人を傷付けることしか出来ない想いをぶっ壊してしまいたい。
心なんていらない。
美しい景色を見て、綺麗だと思えなくていい。
誰かの優しさに触れて、嬉しいと思えなくていい。
悲し過ぎる現実に飲まれて、苦しいと思えなくていい。
葵衣を好きになるとわかっていたのなら、生まれてくる前にこんな心は壊してしまっていたのに。
何もかも、もう遅過ぎる。