葵衣はわたしの手を掴むわけでも離すわけでもなく、されるがまま。

わたしよりもゆっくりとした鼓動を刻んでいるであろうその胸に擦り寄ることができたのなら、どれほどの幸福感に包まれるだろう。


慶と日菜がずっと、こっちを振り向かなければいいのに。

そう願ったのも束の間。


「お前らいつまでくっついてるんだよ!」


橋田くんの姿が完全に見えなくなった途端、興味の矛先をわたしと葵衣に移して、慶が絡んでくる。

どちらからともなく離れて、曖昧に笑って見せた。


無理矢理に上げた口角はすぐに小刻みに震え出し、それを隠すようなタイミングで前に出た葵衣が慶に向かってひらりと手を振った。


「ばーか」

「え、なんで?」

「あーほ」

「意味がわかんねえ……」


怒るわけでもなく、きょとんとしたあとに困惑を浮かべる慶。

その横にいる日菜もいつの間にかこっちを見ていた。

ぱちりと目が合って、いつもなら日菜の方から来てくれるのに、なぜかその場に立ち尽くして動かない。

それどころか、ぶつかった目は不安げに揺れ、わたしに何かを訴えかけているように見える。


「日菜……?」


一歩、日菜に向かって足を踏み出すと、ハッとしてわたしに近付き、腕を握られる。

ぎゅっと強く握られた腕が一瞬痛みに軋んで、顔を歪めたけれど、日菜はわたしの表情にまで気が回っていない様子で、俯いている。


「ひ、」


「だめだよ」


日菜、と。

言いかけたわたしを遮って、落とされた一言の意味を理解したのは、顔を上げた日菜の目に涙が浮かんでいたから。


「なんで……? だめだよ、ねえ。花奏……うそだよね」


主語のない問いかけを、懇願を、切望を、気付かないフリをして首を傾げることなんてできなかった。

瞬きと同時に頬を伝った雫。


わたしは、何も言えなかった。