わたしが掴んだ腕を振り払いはしないけれど、身体を強ばらせるからすぐに離した。慶はまた一歩距離をとる。
「葵衣がいないときにあんまり会わない方がいいんだよ」
「どうして?葵衣は関係ないでしょう」
「あるって。……あるんだよ」
ある、ある、と口にするだけで、その理由が出てこない。
慶って、こんな人だったっけ。
小学生のときはいつも四人でいたわたし達が、男女で分かれて過ごす時間を持つようになったのは、中学生になってからのことだ。
わたしと日菜がふたりで過ごす時間と同じくらい、慶は慶で葵衣とふたりで過ごした時間がある。
言葉で説明がつかないようなことも、きっとあるのだろう。
「俺ら、なんか遠くなったよな」
今まさに、距離を作ろうとしてる張本人がよく言う。
逃げ腰だったくせに、ぴんと背筋を伸ばして、空を見遣る慶がぽそりと零した。
わたしが頷いて見せると、葵衣と同じくらい厚い手が恐る恐る伸びてきて、髪に触れる。
くすぐったくて身をよじると、遠慮がちに撫で始めた。
「葵衣はさ、大事な妹が俺みたいなのにとられないか心配なんだよ」
「その心配がないことはわたしと葵衣がよく知ってるって」
「ああ、そうだよな。バレバレだもんな」
照れ隠しのようにぐちゃぐちゃとわたしの髪をかき回すから、手を伸ばし慶の髪の毛も乱して仕返しをする。
ふざけ合って、笑いあって。なんだちゃんと笑えるじゃんって少しのぎこちなさもだんだんと解れていく。
ひとしきり笑いあって、お互いの髪はぼさぼさ。
はーっと慶が大きく息を吸う。
「今日は帰るけど、また来るよ」
「うん。今度は久しぶりに四人で遊びたい」
「それいいな。遊べるところ探しとく」
すっかり昔のように戻った慶が手を振って去っていく。
わたしも手を振り返していると、エレベーターへの曲がり角に消えたはずの慶の声が耳に届く。
「葵衣!」
玄関のドアノブにかけようとしていた手がぴたりと止まる。
葵衣、と慶の声が耳に入った瞬間、時が止まったみたいに。
「ご、ごめん。家に行ったんだけど、誰もいなかったから帰るところでさ。花奏は?久しぶりに顔見たかったのにいないみたいで……」
わざと声をワントーン上げて、ボリュームも大きくして、わたしに聞こえるように話しているのだろう。
急いで家の中に入って、鍵を閉める。
ドアに背を預けて、この間止めていた息を吐き出したとき、外からひとり分の足音が聞こえた。
たぶん、葵衣だ。
履いていた靴を揃えて脱ぎ、自室に滑り込む。
程なく、玄関のドアが開く音がした。