来た時よりも更に交通量の少ない夜道を猛スピードで走るバイク。
葵衣の背中にぴったりと引っ付いて、信号待ちのたびに腰に回した手を握られるのが嬉しくて、ずっと家に着かなければいいのにとまで思う。
段々と見知った町並みに戻ってきている風景を見ていたくなくて、葵衣の背中に顔を埋めた。
しばらくして、スピードを落としたバイクが完全に停止をしたのはマンションの前。
葵衣から離れずにいると、ヘルメットを脱いで真っ白な息を吐き出しながら、わたしの手を解こうとする。
「花奏、降りろ」
「やだ」
「何で?」
「葵衣が行っちゃうから」
まだ引っ越しはしないのなら、今日くらいは家に帰ったっていいはずなのに、わたしがバイクを降りたら葵衣は去ってしまうだろう。
「泊まっていって」
「いや、ここ俺の家でもあるからな」
「なら帰ってきて」
「んー……でも、俺の布団ないじゃん」
「……一緒に寝ようよ」
恥ずかしくて、ヘルメットをつけたままの頭を葵衣にごりごりと押し付ける。
痛みに負けて、バイクから降りてしまえばいい。
そうしたら、わたしは葵衣を引き摺ってでも家に連れて行く。
「それは、ずるいだろ……」
長いため息と共に吐き出されて、拒否ではないことに安心した。
これ以上ないくらいに葵衣を力強く抱き締めて、名残惜しさを振り払う。
「葵衣」
待ってるから、ずっと。
葵衣が頑張っている間、わたしも頑張るから。
そのために、今日葵衣の背中を自分で押して離れなきゃいけない。
泣かないように、空を見上げた。
天を仰いで、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込む。
「またね」
地面に勢いよく飛び降りて、外したヘルメットを葵衣に押し付ける。
掴まれていた手をそっと引き抜いて、最後に葵衣の頬に触れた。
冷えきってかさついた肌が愛おしくて、もっとと望んでしまう前に後ずさる。
指先が葵衣の頬から顎へと伝い、宙に落ちる。
葵衣が抱えた、わたしのつけていたヘルメットの留め具に、ネックレスをひとつ結びつけておいた。
葵衣のよりも深い青色のタンザナイトを。
葵衣から離れたところで、わたしの胸元に残された葵衣のネックレスを持ち上げて見せる。
葵衣は唇を噛んでわたしを見ていて、残されたネックレスに気付くと、指先で石を掴んで、笑った。
わたしが背中を向けて、けれど一歩も動けずにいると、エンジンを蒸かす音が闇夜に劈く。
ネックレスを両手に握り締めて、ここまで我慢した涙を遠慮なく零す。
「あおい」
葵衣さえいてくれたらいい。
この涙は、そんな自分勝手で向こう見ずな願いを叶えるための、犠牲ではないから。
葵衣と生きていく未来を得るために、必要な覚悟と時間のための、準備だから。
この涙が止んだら、わたしもわたしにできることを探す。
いつかの日も、きみと同じ空を見るために。