冷え切った身体は掴んでいる感覚がなくて、掻き抱くように葵衣の背中に手を回す。
耳元で吐き出された葵衣の吐息だけが、わたしとの間に唯一生まれた熱だった。
「……花奏」
息を飲む音までもが鮮明に聞き取れる。
骨が軋むほどに強く抱き竦められて、少しだけ足が浮いた。
少しでも葵衣に届くように、目一派に背伸びをして、爪先で立つ。
「葵衣」
こんなにも長く待たせてごめんね、と一番に伝えるつもりでいたのに、一向に声を出さない口は別の言葉を紡ぎたがる。
これだけは、と決めたことさえ、破ってしまう。
葵衣のためと託けた二年間の意味を、繋ぎ目だらけながらに留めようとしていたくせに、結局はこの手で捨ててしまう。
「葵衣が……いてくれたら、それでいい」
なけなしの理性が、直接的な言葉を押し留めた。
葵衣がわたしをここへ呼んだ理由がわからない以上、泣き言も縋る言葉も不用意にはかけられない。
別離を決意してここにいるのなら、わたしはその歩みを止めたくない。
自分本位といいながら、葵衣の邪魔をしたくないという気持ちだけはいつも真ん中にある。
「少し歩こうか」
力一杯に抱き着いているのに、葵衣は簡単にわたしを引き剥がす。
離れたくなくて、それでもくっついていると、頭上から苦笑が落ちてくる。
「もう黙っていなくなったりしないから」
「本当に?」
「ちゃんと、説明はする」
説明をしたら、いなくなるという意味に聞こえる。
県外、と友紀さんが言っていたことを思い出して、家からここまでの距離では済まないことを察した。
「戻らないと参拝は出来ないか……花奏はどうしたい? 入れないけど、下宮の方まで回ろうか」
「葵衣が好きな方でいい」
「じゃあ、回れるところまで行こう」
わたしが葵衣から離れないだけではなくて、名残惜しむように葵衣もわたしの背を摩って宥めるから、ぎゅうっと一際強く力を込めて、身体を離す。
体温が上塗りされてしまう前に、葵衣の左手がわたしの右手を掴んだ。
この神宮の敷地はかなり広くて、夜は閉鎖されてしまう箇所もあるけれど、ゆっくり歩けば三十分はかかる。
わざと歩く速度を緩めると、葵衣は何も言わずに一歩の歩幅とスピードを合わせてくれた。
「あの手紙を読んでここに来たのか?」
「ううん。持ってたけど読まなかった。慶が探してくれてたの。手紙読んでないのかって怒られた」
「……読みたくなかった?」
ちがう。真反対だ。
葵衣の気持ちを知ることが出来る、唯一の正しい方法を手にして、友紀さんから渡されてすぐに開封しかけたけれど、止めた。
「葵衣のことは葵衣から直接聞きたかったから、あの手紙は返すつもりだったんだよ。葵衣を探し回って、慶とはすれ違っちゃってたみたいだけど」
「あー……行かないって言われたときのこと考えたくなくて、返事が出来ないように手紙にしたんだけど、読まれない可能性まで頭が回ってなかった」
「わたし達、以心伝心なんて出来ないよね」
双子なのに、双子らしくないところが沢山ある。
重なり合わない部分が増えていって、それで他人になれるのなら、両手で抱えきれないほどの相違点を探すだろう。