ゼンさんは肩をすくめると、カワさんにぎこちなく笑って見せた。

「変だよな。この長い人生の間の一番気がかりだったってのに、一晩中、一生懸命考えて決心がついたら、荷が下りたように身体が軽いんだ。少しくらいなら、素直になれそうだぜ」

 その時、カワさんが「あ」と声を上げ、ゼンさんはそちらを振り返った。

 客人の案内を終えたオカメ看護師が、向こうから大股でこちらへとやってくるのが見えた。彼女は二人の正面に立つと、開口一番にこう言った。

「カワさん、きちんとお野菜まで食べました?」
「うっ、食べました、はい……」
「ゼンさんは、薬は飲みました?」
「飲んだよ」

 問われたゼンさんは、ぶっきらぼうに言葉を返した。しばらくオカメ看護師と睨み合っていると、彼女が立派な腰に手をあてた。

「――聞こえましたけれど『一晩中考え事』ですって? 就寝時間は決まっているんです。しっかり寝てくれないと困りますよ」
「確かに、一晩中は良くなかった。でもな、八時に就寝ってどこの爺さんだよ。あの机はなんのためのものだ? 夜の読書も出来やしねぇ」