電話の向こうで、しばらく沈黙が続いた。

 ひそひそ話しが始まったカウンターの前で、カワさんはゼンさんの袖を引っ張って「一体どんな話をしてるの、ゼンさん」と心配そうに言った。ゼンさんは動かないまま、息子からの返答を待った。

『…………『ミトさん』が誰かは知らないが……ひとまず後で詳しい話を聞く。俺はこれから会社に出勤しなくちゃならないから』
「分かった。連絡を待ってる」

 告げると同時に、ゼンさんは受話器を置いた。看護師たちがピタリと口をつぐんでフロアが静まり返り、カワさんが今にも泣き出しそうな顔で「ねぇ、ゼンさん」と尋ねた。

「一体どうなっているんだい? 僕にはよく分からないよ――」
「カワさん、三人で向日葵畑を見に行こう。俺と、カワさんと、ミトさんの三人で、一緒に」

 言われたことをすぐに理解出来なかったのか、カワさんは数秒の間を置いた。その後で少しほっとしたように、それでいて泣きそうな顔をくしゃりと崩して、空元気な笑みを浮かべた。