「お前にしか頼めないことがあるんだ。お前が俺を憎んでいるのは、じゅうぶんに分かっているが」
『分かっているのなら電話なんてするな。俺に頼み事だって? 聞いて呆れる、あんたが俺の頼みを聞いてくれたことがあったか? 学校の行事も俺のこともそっちのけで、毎日ビールと煙草を買いに行かされた。酔っぱらうとすぐ怒鳴り散らして、母さんがやめてくれと頼んでも絶対に聞かなかった!』

 電話の向こうで、マサヨシが受話器を力強く握ったのか、ギシリと軋む鈍い音が聞こえた。

『それなのに頼み事を聞いてくれだって? 俺や母さんは、いつだってあんたの頼み事をなんでもやってきいてきたさ! いや、あんたのは頼み事なんかじゃない、いつも命令だった。ちゃんと殴る度胸もないくせに、暴言と脅し文句だけはいっちょ前だったよな、そうだろ父さん!』

 父さん、と呼ばれたのは数十年ぶりだった。

 ゼンさんは、酒に溺れた過去を思い出して胸がぐっと詰まった。しかし、言わなければならない。ゼンさんにとって、息子であるマサヨシが最後の頼みの綱だったからだ。