「ゼンキチと申しますが、マサヨシさんは御在宅でしょうか?」

 時間は午前七時四十分。そう言ったゼンさんが、カウンターの看護師たちの頭上にある時計を睨んでいると、電話越しに『替われ』と乱暴な声が聞こえてきた。

『一体何の用だ? もう連絡は寄こさないでくれと、さっきもそう言ったはずだ』
「ああ、十秒も聞いちゃくれなかったよな」

 ゼンさんは憮然と答えたが、電話が切られそうな予感に慌てて言葉を紡いだ。

「待て待てっ、切るんじゃない! お前、俺の家を勝手に売っておきながら」

 あ、しまった。そうじゃなくて。

 ゼンさんは心を落ち着けるべく、時間稼ぎのように咳払いをした。カワさんに背を向けると、カウンターに肘を置いて姿勢を楽にする。

『家? その話は既に決着がついただろう。こっちの親父たちがなんと言おうと、あの土地の使用権は俺にあるし、俺がすべて管理すると決まった。あんたの指図は受けない』

 マサヨシは、そう早口に捲し立てた。時間がないのだろうと察したゼンさんは、彼の声を遮るように切り出した。