「やめておけ、カワさん。あいつはどうやら地獄耳らしい」
「つまり『すこぶる耳がいい』らしい、ということ……?」

 その時、来客者と共に食堂の前を通り過ぎようとしていたオカメ看護師が、地獄耳、とゼンさんが言ったところで見事に振り返り、二人を思いきり一瞥してきた。

 カワさんはそれを見て怯え、確かに彼女は地獄耳が確かであるらしいと理解して、少しでも彼女の姿があるときは、余計なことは言わないでおこうと決心した。


 一階フロアの中央カウンターのそばには、電話ボックスが一つ置かれている。食後の薬をすませたあと、ゼンさんはその電話ボックスの前に立ち尽くしていた。


 そばで見守るカワさんは、心配そうに彼の様子を窺っている。朝食の前、入園書類のコピーを片手にゼンさんは一度電話をかけたのだが、すぐに切られてしまっていたのだ。

「ゼンさん、なんだか深刻そうな顔をしているけれど、大丈夫かい? さっきも聞きそびれたんだけどさ、一体誰に連絡を取ろうとしているの?」