ミトさんは理解出来たのか、出来ていないのか、それを見て幸せそうに頷いた。伸ばし掛けた彼女の小さな手が、よろよろと数センチ浮いて、けれどそのままベッドに沈んだ。

「たのしいおはなし、きかせてください。あなたがお見合いの席できかせて、あとでかいて結婚式の日にくれた、あのすてきな本みたいに」

 そう言うミトさんの声はだんだんと弱くなり、そのあとは吐息だけが続いた。

 眠りに落ちたミトさんの横で、カワさんが小さな声で泣き始めた。彼女の皺くちゃの手を握りしめ、「ミトさん、ミトさん」とその名を呼び続ける。

 ゼンさんはその傍らに立ち、心を折るまいと顰め面で構えていた。三回ほど深呼吸を繰り返し、拳を握りしめると「よし」と小さな気合いの言葉を入れる。

 再びミトさんを見据えたゼンさんの顔からは、迷いや弱気といった気配は消えていた。そこにあるのは、頑固で強がりで捻くれ者の、怪訝そうな表情に決意の意思を持った『頑固親父』だった。

          ◆◆◆

 一日中泣いただけでは、体重というものは減らないらしい。早朝に関節の痛みを訴えたカワさんは、体重が増加しているため痛みがあるという結論を医者から言い渡された。

 昨日、見事な運動動作を示したせいではないのか、というゼンさんの憶測と同じことを考えている人間は、昨晩彼を廊下に押さえこんだ五人の職員と現場の目撃者たちだろう。通り過ぎる彼らが、チラリとカワさんを見ていっていた。