彼女は事故で両足を悪くしてしまっていたので、細く未発達な足を恥じらうように日頃からブランケット等で覆っていた。

「カワさん、お隣よろしいかしら?」
「はいッ、どうぞ!」

 どうやら入園してから、カワさんは彼女に一目惚れしたらしいのだ。その事情を知っているから、ゼンさんは呆れて彼に横目を向けた。

「カワさん、緊張せんでもよろしい。とにかく落ち着け」
「ええ、そうよ、カワさん。看護師が来てしまうわ」

 ミトさんが声を潜めてそう言った。ギクリとしたカワさんは、看護師たちが食事の配膳に余念がないことを見て、ほっと胸を撫で下ろした。ゼンさんは、老眼鏡を下にずらして睨みをきかせた後、新聞を読んでいる風を装った。


 一年前にミトさんは入園していた。息子夫婦が他界してしばらく一人暮らしをしていたが、孫や親戚が「痴呆が始まっているのでは」と言い訳して施設側に大金を握らせての入園だった――

 と二人はミトさんに聞いていた。彼女は憤慨するよりも打ちひしがれ、遠い親戚の者が送ってくれる本を、毎日の楽しみにしているのだと出会い頭に語っていた。