ゼンさんも力を振り絞り、オカメ看護師ごと自分の身体を引きずって、ミトさんの部屋の扉へと手をかけて、どうにか室内に一歩を踏み込んだ。職員に取り囲まれているミトさんは、ベッドの上で無我夢中に抵抗していた。

「どうして! どうしてこんなひどいことをするの!」

 そう叫ぶミトさんの悲鳴が聞こえた。彼女は、一字一句をはっきりと話せている。自分の意思を確実に訴えている。

 ゼンさんは、更に頭の血が昇った。

「見ろ! ミトさんは健康だ! どこも悪くないだろう!」
「ミトさんに、ひどいことをするな!」

 カワさんが部屋に突入しようと、勢いをつけて突進した。普段の膝の悪さはどこへ行ったのか、男性職員たちが慌てて彼に飛びかかり、そこに扉を封鎖していた女看護師二人も加勢に入り、五人がかりでカワさんを廊下に組み伏せた。

 その時、聞き慣れた声が、恐ろしいほどの怒りで呪いの言葉を放った。

「夫の飛行機がテロに遭っただなんて、そんなのウソよ! どうして、どうしてこんなひどいことするの! 私、行かなくちゃいけないの! みんなが集まってるあの空港に行かなくちゃ! 彼の乗った飛行機は無事よ! 私が迎えに行くのよ!」

 離せぇ! お腹の子を殺すつもりね! そんなことさせないんだから! ようやく授かった子なのよ! よくも私の足を動けなくしてくれたね! この悪党どもが……

 普段の優しい声色からは想像出来ないほど、その声は憎悪をもって張り上げられていた。ゼンさんとカワさんはすうっと血の気が引いて、身体から力が抜けた。