今日の風だって、柔らかく吹き抜けている。熱気はあるものの、窓を開ければ木漏れ日の下にいるような居心地がした。風が通るたび、窓の向こうからは草花が囁くメロディーが聞こえた。そんな素晴らしさが太陽の下にあった一日だった。

 もう日も暮れた今は、窓の向こうは闇ばかりだ。閉められた窓のガラス部分に映った己の、容貌の悪い痩せ細った老人の凶悪面を、ゼンさんはぼんやりと眺めた。

「ねぇ、ゼンさん? ゼンさんは、前に薬のこととか話していたよね?」
「ああ、言ったな」
「夜、注射と薬が嫌だって叫ぶ人がいるでしょう? なんだか僕は、最近とても怖いんだ。もしもそうだったら、……そうだったとしたら、外出するために行動を起こそうとしていたミトさんを、施設側が口封じに――」
「滅多なことを言うもんじゃない」

 ゼンさんは静かな口調で窘めた。びくりとカワさんが身体を強張らせ、項垂れるように視線を落とした。

「そうだよね、ごめん……でも、嫌な考えばかりが浮かんでしまうんだ。ここの職員の態度を見ていると、そう勘繰りたくなってもおかしくないんだなって、最近はゼンさんの言葉も納得できるような気がして……。痣が絶えない人もいるし、彼らはすごく厳しい。今更だけれど、電話も手紙も監視付きだなんて、変だなと思ったんだ」