では、あの手の濡れた感触は、自分の血だったのだろうか?

 ゼンさんは、けれど記憶と夢がごちゃまぜになった風景を振り払うように、わざとらしく大きく背伸びをした。座ったまま寝ていたので、少し腰が痛かった。

「ゼンさん、怖い夢なら話したほうがスッキリするよ。それで、どんな夢を見ていたの?」
「……入院中の、味のない粥飯と点滴と、薬漬けの最悪な日々さ」
「ああ、それは悪夢だったね」
「だろ」

 相槌を打つカワさんは、愛之丘老人施設で出てくる健康料理を思い出していた。そこには今日もミトさんの姿はなかったから、窓の下に見える小さな向日葵を思い浮かべ「いい天気だったのに」と呟いてしまう。

 ゼンさんも、日が暮れてしまった窓側に目を向けて「そうだな」と口にした。
 
 来週から、また天気が崩れるとの予報が出ていた。今回は雨だけでなく、風もまた随分と吹くらしい。そんな嵐が来るとは思えないほど、今週の天気は穏やかになると天気予報は告げていた。