ゼンさんとオカメ看護師は、ほぼ同じタイミングで陰険な眉間の皺を深くした。オカメ看護師の太く短い手に握られていたのは、二人が見慣れたものだったのだ。

「『猫のホームズ』ですけど、こういうのは読みます?」

 問われた言葉の意味が一瞬理解出来ず、ゼンさんは彼女に対して「はぁ」と間の抜けた返事をした。オカメが差し出して見せたのは一冊の本で、年期の入ったその本表紙は、古本独特の匂いと質感を放っていた。

「息子の要らなくなった本を、先日コミュニティ広場に持っていったんです。これは児童書寄りですけれど、それでも文字は小さいですし読む人がいないものですから、結局のところ全て事務所やうちの控室に行くんですよ。そこにもほとんど読まれた本があって――」

 読むのは夜勤組の人が大半なのですけれど、と彼女は続ける。

「まぁ、きちんと分類していないので分かりませんが、今はとりあえず、ダンボール三つ分の不必要な書籍があることは把握しています。もし、ゼンキチさんたちが読まれるのでしたら、興味のある本を引き抜いていただきたいのです。残りは規則に従って処分しますから」