カワさんは、じれったそうにゼンさんを見つめ「どう思う?」と尋ねた。

 ゼンさんは枕の上の頭に手をやり、呆れたように溜息をもらした。

「考え過ぎだよ、カワさん。時間感覚があやふやで、記憶力も低下して家族の顔も看護師も見分けがつかないのに、彼女がミトさんのことを知っているってのも怪しいだろう。俺なんて、トイレに行く途中で知らない爺さんに呼びとめられて、『ナバシさん、今年も大漁ですか?』なんて言われるのも、結構ざらにあるぜ」

 するとカワさんは「そうだよね、僕の考えすぎだろうね」と、ほっと胸を撫で下ろした。ゼンさんは、やれやれ、と頭をかいた。

 こうして見ると、カワさんは爺さんというよりも随分若く見える。市の職員による視察などの場合、カワさんが部屋で食事を取らされる理由が、ゼンさんには少しだけ分かったような気がしないでもないのだった。

          ◆◆◆

 ゼンさんの体調は、二日掛けて天気が良くなったタイミングで回復した。朝に部屋へ立ち寄ったカワさんは、「一緒に降りるか」と言われるなり、食堂で一緒に朝食が取れることを喜んだ。しかし、そこにはやはりミトさんの姿だけがなかった。