窓を叩きつける雨の音が、二人の間の沈黙をかき消す中、しばらくしてカワさんは、ようやく「ゼンさん」と遠慮がちに声をかけた。ゼンさんは悪意のない皺を眉間に刻んだまま、「なんだ?」と尋ね返す。

「その……僕たちがここへ来て、もう少しで七ヵ月になるだろう?」
「そうだな」
「今朝、僕は食堂で妙なことを聞いたんだ。あの電動車椅子に乗ってるお婆さん、えぇと、ほら、一週間に一回くらい食堂でご飯を食べて、週末に家族が庭園に散歩させている人なんだけど」
「ピンクの車椅子を持ち込んでいる人か?」
「うん、そう、その人」

 カワさんが「伝わって良かった」と言い、ゼンさんは思いきり顔を顰めた。

「彼女はかなり高齢だ。食っていても寝るし、移動中もこっくり寝ちまう」
「うん、痴呆もかなり進んで言葉もあやふやなんだけれど……、キッチンの人も二人しかいなくてね、僕と彼女と、別のお爺さんが三人並んで座っていたんだ。そしたら、ふと彼女が顔を上げて『今日は何日ですか?』と尋ねてきたから、僕は年月日と今の季節を教えてあげたんだ。すると『ミトさんのお友達ですか?』って訊かれて、『そうです』って答えたら、あの人、こう言ったんだよ…『彼女が来てから、もう三年が経ったのね』って」