「あら、カワさんもいらしていたの? あなたの部屋の前に車椅子があったけれど」
「えぇと、その、朝の来客がある時は部屋に入ってまでチェックされないから、置いて来たんだ」

 もとよりゼンさんもカワさんも、車椅子が移動に欠かせないというわけではないのだ。

 ゼンさんの場合は、息子がここへ放り込む際に病気と共に体力が落ちるということで「要・車椅子」に丸をしていたので、ならばと開き直って「じゃあ、体力温存で使わせてもらうぜ」と他の入園者同様に使用していた。

 カワさんに関しては、歩行の際の関節痛と息切れしかないのだが、「楽が出来て便利だ」という理由だけで、今のところ全入園者がそうであるように「要・車椅子」としていた。

 診察では関節の悪さや内臓の老化を指摘されており、根っからの肥満体質な彼の本音について施設側は知らないのである。入園者一の肥満者代表である彼は、七十八歳にしては肌もぷるぷるで、髪は量があって艶も張りもあった。