「ミトさんが言っていたよ、意識の混濁が激しいって。身体の腹水が急激に増えて、心臓も弱くなってるって……」
「カワさんは、彼を見たことがあるかい?」

 ゼンさんが尋ねてみると、カワさんは否定するように首を横に振って見せた。

「ううん、ないよ。そもそも僕は、あの廊下の奥へは進んだことがないから。フロアを隔てた反対側の部屋にも行ったことがないなぁ」
「あっちには、出歩ける奴はほとんどいらいなしいな。専門設備が揃った部屋、とパンフレットには書かれていたぜ」
「そうなんだ……。なんだか、僕たちは本当に、場違いなところにいるみたいだ」

 今更のように言って首を傾げるカワさんを見て、ゼンさんは乾いた薄い唇を尖らせた。

「場違いもいいところさ。カワさんだって、一人でも充分暮らしていけるだろうに」
「う~ん……食事管理と、家事がほとんど出来ない」
「ああ、それは致命的だな。俺は手抜き家事が得意だよ」

 人は頼ったことがないんだ、とゼンさんは口をすぼめた。