ゼンさんが五十歳のとき、母はそっと息を引き取った。幸せな死に顔だった。病院に入れなくて良かったと、ゼンさんは母の枕元で泣いた。
だから夜はいつも眠れないのだ。良くないことも、悲しかったことも、辛い今もたっぷり思い出させるくらいに時間がありすぎる。それに母が亡くなって一人暮らしが続いていたゼンさんは、他人が発する声や物音にも敏感になっていた。
ベッドに横たわったまま、月明かりを入れる窓の方を眺める。眠ろうと思っても、無意識に扉の向こうに耳をすませてしまって目は冴えるばかりだ。
ようやく廊下が静けさを取り戻しかけた時、遠くから一人の老人の叫びが上がって、ゼンさんはギクリとした。何故ならろれつの回らない声で、「薬は嫌だぁ、注射は嫌だぁ」と主張していたからだ。
先程のカワさんたちに聞かせた内容の話もあって、嫌な想像をしそうになり、ゼンさんはぎゅっと目をつぶった。
介護していた時に母が、こちらを見て「私は息子に殺される!」と叫んでいた記憶が突如脳裏に蘇った。身体の自由がきかなくなった母は「お前が私を落としいれたんだね!」と、金切り声を上げることもあった。
だから夜はいつも眠れないのだ。良くないことも、悲しかったことも、辛い今もたっぷり思い出させるくらいに時間がありすぎる。それに母が亡くなって一人暮らしが続いていたゼンさんは、他人が発する声や物音にも敏感になっていた。
ベッドに横たわったまま、月明かりを入れる窓の方を眺める。眠ろうと思っても、無意識に扉の向こうに耳をすませてしまって目は冴えるばかりだ。
ようやく廊下が静けさを取り戻しかけた時、遠くから一人の老人の叫びが上がって、ゼンさんはギクリとした。何故ならろれつの回らない声で、「薬は嫌だぁ、注射は嫌だぁ」と主張していたからだ。
先程のカワさんたちに聞かせた内容の話もあって、嫌な想像をしそうになり、ゼンさんはぎゅっと目をつぶった。
介護していた時に母が、こちらを見て「私は息子に殺される!」と叫んでいた記憶が突如脳裏に蘇った。身体の自由がきかなくなった母は「お前が私を落としいれたんだね!」と、金切り声を上げることもあった。