「早く鎮静剤を!」
「カモナシさん、落ち着いて下さい!」
「ベッドに押さえつけろ! このままじゃあ注射の針が折れちまうぞ!」
「先生、早く鎮静剤を!」

 老人の叫び声は、まさに獣だった。職員たちの騒ぐ声を打ち破るほど強いのに、なぜか聞いていると胸が痛くなるほど悲しい。嘆き、怒り、絶望しているような魂の叫びにも感じられた。

 俺も、いつかすっかり年老いて、ああなっちまうんだろうか。
 
 老化とは、こうも恐ろしいものなのだろうか?

 ゼンさんは身ぶるいした。自分が額に嫌な汗をかいているのに気付いて、手の甲でそれを拭った。

 彼の知る老人の中で、ああなって死んだ者はいなかった。母も痴呆と身体の衰弱はあったが、辛い時期を過ぎると大人しいものだった。記憶がなくとも、ゼンさんが愛すべき母のままだった。彼は最後まで甲斐甲斐しく世話を焼いたのだ。

 ぽっくり死んでいった知人たちを思い返し、今耳にしている絶叫と騒ぎへと意識を戻した。自身の知識と経験の方を疑ってみたものの、母はああではなかった、とつい比べてしまう。