ミトさんは読書が好きで、きっかり午後八時に就寝しなければならないこと嫌がっていた。今夜も午後九時に起きて、小さな明かりを付けて一人静かな読書を楽しむのだろう。彼女の部屋の小さな本棚には、古い書籍がたくさん詰まっているのだ。


 しばらくすると、いつも通り廊下の奥が騒がしくなった。

 奥の部屋は、ほとんど寝たきりで外に出て来られない入園者たちがいるところだ。ゼンさんは上体を起こすと、警戒して耳を澄ませてみた。


 どうやら、入園者の一人が喚いているようだ。言葉を聞き取ろうにも理解出来ず、しばらくしてからようやく、獣のように絶叫しているだけなのだと気付いた。

 言葉も排泄も忘れた老人が、ヒステリックに叫んで暴れている。
 それを理解して、ゼンさんは怖くなった。

 女たちが「男の人を」と叫んでいる声が聞こえた。慌ただしい足音が部屋の前を通り過ぎた頃には、騒ぎは更に大きくなっていた。不安と緊張で嫌な動悸を覚えたものの、じっとしてもいられず、ベッドを抜け出して扉へ右耳を押し当てた。