「でも、どうだろう。僕も話してはいたんだ。けれど『父さんは僕たちに迷惑をかけたいの?』と言われれば、ここにいた方がいいのかなとも……」

 迷惑、という言葉がゼンさんの胸を突き刺した。眉根を寄せ、彼は背中越しに窓枠を握りしめた。

 ミトさんは、悲しげに微笑んでこう言った。

「職員たちを刺激しなければ、このまま上手くやっていけると思うわ。私は一年、ここで無事に過ごせたんですもの。こうして三人で話せればいいし、――贅沢を言えば、三人でピクニックなんて行けるようになったらいいわね」

 準備にも移せない夢のような話をして、彼女は膝の上にあった本にそっと栞を挟んで、静かに閉じた。

          ◆◆◆

 愛之丘老人施設の消灯は早い。午後六時に食事と軽い風呂をすませ、午後八時までにはすべての入園者がベッドに入って待っていなければならない。

 肝硬変のゼンさんは、食後、その三十分後、更にその三十分後にわけて薬を飲まなければいけなかった。午後七時前から消灯三十分前まで、職員は一階に集中しているので、この時間もゼンさんの部屋にはカワさんとミトさんが集まっていた。