それぞれの老人に必要な分量の食事をきっちりと作っているので、彼らはすべて食べてもらわないと困るのだろう。二ヵ月前まで『捨てるなんて、もったいないことさせないでください』と喚いていた退職した看護師もいた。

 ああ、そんな、キクさん。

 看護師たちの動きをこっそり目で追っていたミトさんの表情が、少し痛々しげに歪んだ。中央のテーブルでこちらに背を向けて座っている高齢の老婆の席で、一人の看護師がぴたりと足を止めたのだ。

 それは高齢でありながら松葉杖をついて、ゆっくり歩く日課を一日に三回持っているキクさんだった。百四十二センチの小柄な体格で、手足を震わせながらもしっかりと動き、発声や発音は怪しいがにっこりと頬皺を引き上げる良い人だ。

「キクさん、全然箸がすすんでいないじゃない。しっかり食べなきゃ駄目よ」

 そばについた四十代の看護師が、キクさんにそう声を掛けた。筋肉質のたるんだ腕を背中に回し、化粧の濃い顔にわざとらしいくらい心配げな表情を作って、語尾を和らげる。